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春木一郎 はるきいちろう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

春木一郎
はるきいちろう

[生]明治3(1870).7.28. 京都
[没]1944.3.6. 東京
ローマ法学者。 1894年東京大学を卒業。 1912年東京大学教授。ドイツ歴史法学派ローマ法研究を批判的に摂取しながら,日本で初めて原典に基づく本格的なローマ法研究のみちを開き,日本のローマ法学の基礎を築いた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

春木一郎 はるき-いちろう

1870-1944 明治-昭和時代前期の法学者。
明治3年7月18日生まれ。春木義彰(よしあき)の養子。ドイツ留学をへて明治34年京都帝大教授,大正元年東京帝大教授となる。日本のローマ法研究の先駆者で,ユスティニアヌス法典の研究で知られた。昭和19年3月6日死去。75歳。京都出身。帝国大学卒。著作に「ユースティーニアーヌス帝学説彙纂(いさん)プロータ」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

春木一郎
はるきいちろう
(1870―1944)

ローマ法学者。1894年東京帝国大学法科大学卒業後、京都帝国大学(1901~12)、東京帝国大学(1912~30)教授。日本で初めてローマ法研究のためドイツ留学を命ぜられ、帰国後ただちにローマ法講座を担任し、日本における本格的なローマ法研究の先駆者となった。歴史法学派を批判して、法制度を他の社会現象とともに研究することを強調し、初期ローマの法制度を取り上げて原史料に基づいたローマ法史の再構成を試みた。また、古典時代の法がユスティニアヌス帝法により書き改められた点を明らかにする法文批判研究も行っている。これらは当時のドイツの学問状況を反映したものであったということができる。黒板に書いた文字をいっさい消さなかったことも語りぐさになっている。主著に『儒(ゆ)帝法学撮要重要語纂訳(さんやく)』(1932)、『ユースティーニアーヌス帝学説彙纂(いさん)プロータ』(1938)がある。[佐藤篤士]

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