改訂新版 世界大百科事典 「昭和会」の意味・わかりやすい解説
昭和会 (しょうわかい)
立憲政友会からの離脱者が組織した衆議院の小会派。1934年7月岡田啓介内閣成立当時,政友会は同内閣の官僚中心の組閣ぶりに反発して入閣を拒絶,入閣交渉に応じた床次(とこなみ)竹二郎(逓相),山崎達之輔(農相),内田信也(鉄道相)の3名を除名,さらに35年5月には新設の内閣審議会に参加した望月圭介,水野錬太郎をも除名した。床次らはこれを機に新党樹立を策し,床次の死(35年9月)で一時停滞したものの,第68議会をむかえ解散気運が高まるなかで,12月23日望月らを中心に政友会からの除名者・脱党者18名が昭和会を結成,36年1月には所属議員25名に達した。しかし2月総選挙では当選22名と振るわず,広田弘毅内閣では閣僚の座を得られなかった。林銑十郎内閣では,党籍離脱の要求に応じた山崎達之輔(農・逓相)がただ一人の政党からの入閣者となり,昭和会は唯一の与党と目されたが,37年4月総選挙では当選19名とさらに党勢を減じ,政民両党連携の倒閣運動が展開されるなかで,5月21日の総会で解党を決議,林内閣より一足先に消滅した。以後,国民同盟,日本革新党などとともに衆議院の院内団体として第一議員俱楽部を組織していたが,39年4~5月の政友会分裂に際して,その大半は政友会中島知久平派に復帰していった。
執筆者:古屋 哲夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報