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国民同盟 こくみんどうめい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

国民同盟
こくみんどうめい

日本の政党。第2次若槻礼次郎内閣で重要問題解決のために立憲政友会との協力内閣案を主張した内相安達謙蔵中野正剛富田幸次郎らが,1931年 12月に内閣総辞職とともに立憲民政党を脱退し,国策研究倶楽部をつくり,32年 12月に結党。総裁は安達謙蔵。統制経済,日満経済ブロック化などを主張した。 38年に中野が東方会をつくって分裂し,40年に解党して大政翼賛会に吸収された。

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デジタル大辞泉の解説

こくみん‐どうめい【国民同盟】

《〈イタリア〉Alleanza Nazionaleイタリアにあった保守政党。1946年にイタリア社会運動の党名で、ムッソリーニの支持者らが結成。ネオ‐ファシズム路線を批判されつつも南部を中心に支持を集めた。1995年に穏健保守に転換し党名も変更。2009年、解散して「自由の人民」に合流。

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百科事典マイペディアの解説

国民同盟【こくみんどうめい】

昭和初期の政党。民政党脱党派安達謙蔵中野正剛らに清瀬一郎らの革新党も合流して,1932年に結成。日本建国精神拡充,屈辱なき国際平和,経済統制確立を唱えたファッショ的政党。

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世界大百科事典 第2版の解説

こくみんどうめい【国民同盟】

安達謙蔵ら立憲民政党の脱党者を中心として1932年結成された政党。安達は1931年の十月事件に刺激され,立憲政友会幹事長久原房之助らと結んで強力な政府を作るべく協力内閣運動をすすめたが失敗し,中野正剛らとともに脱党した。残留した同派メンバーははじめ安達の復党をはかったが,党幹部に阻止されたため,22名が脱党し,清瀬一郎,大竹貫一らの革新党も合流して,32年8月国民同盟準備委員会が作られ,12月22日国民同盟を発足させた。

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