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曾根原六蔵 そねはら ろくぞう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

曾根原六蔵 そねはら-ろくぞう

1743-1810 江戸時代中期-後期の植林家。
寛保(かんぽう)3年生まれ。出羽(でわ)酒田(山形県)の酒造家。安永9年から22年かけて酒田から吹浦(ふくら)までの北部庄内砂丘約244haに植林した。以後,子孫がこの仕事をつぐ。文化7年10月4日死去。68歳。
【格言など】砂防の災害全く寝(や)む(墓碑銘)

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

曾根原六蔵

没年:文化7.10.4(1810.10.31)
生年:寛保3(1743)
江戸中期,出羽国酒田町(山形県酒田市)の富商。砂防植林の功労者。酒田町の砂防事業の先覚者佐藤藤蔵の甥。安永9(1780)年,藤蔵の植林・開発になる藤崎村の北郊菅野砂原(飽海郡遊佐町菅里)に居を移し,植林事業に着手。享和2(1802)年には,北方の吹浦川に至るまでの砂防林植樹に成功した。最上川河口部より北側一帯の砂丘地帯は飛砂の害に悩まされ続けたが,酒田の豪商本間光丘を始め,佐藤藤左衛門・藤蔵父子,平田郷大町組大庄屋尾形庄蔵らによって砂防植林が繰り返され,ついに曾根原六蔵の植林事業によって砂丘の北端に達した。<参考文献>『酒田市史』上

(渡辺英夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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