災害とは,その要因(素因や原因など)が自然的なものであれ人為的なものであれ,人間および人間社会になんらかの破壊力が加わって,人命が失われたり社会的財産等が失われることによって,それまでに構築されてきた社会的均衡が崩れることをいう。人間社会が構築している均衡というものは,歴史的な時代の違い,技術力の差,地域特性の違いなどによって異なる。すなわち災害の様相は自然的地域特性や文化的地域特性の違いによって異なるため,きわめて多様な現象となって現れる。人間社会は,その歴史が始まってこのかた,くり返しくり返し災害に見舞われ,あるときは国が滅び,都市が消滅するようなことさえ起こっているが,人間はそれらの災害に学ぶことによって少しずつ新しい技術的対応を身につけ,今日の文明社会を築いてきたといっても過言ではない。
災害には,地震,火山噴火(火山災害),雷,火事,台風,洪水,冷害,干ばつ,豪雪(雪害)などの自然現象によってもたらされるものから,工業の発達や近代技術によってもたらされた大気汚染,水質汚濁,地盤沈下,工場災害,交通災害などという人為的要因によるもの,さらには社会が高密度にかつ有機的に組織化されているため社会的連関が高くなり,ある一つの事故が派生的にひき起こす都市災害など,いろいろある。また戦争も人間社会の組織間の衝突であるが広義には災害ととらえることができるし,現象としては緩慢であるがじわじわと蓄積されることにより,人間を含む動植物界,ひいては地球そのものに異変が突然起こるような災害もある。
災害の本質を考えるとき,人間の存在(社会)とかかわりのない災害現象はないわけであるから,人間を中心として災害を考える必要がある。しかし,これまでの災害研究の多くが地震,津波とか火災,台風,雷などの自然界の物理学的現象の段階で止まっており,人間の存在を含めた全災害現象としての認識は,いまだ一般化されているとはいいがたい。たとえば地震災害の研究においては,地球物理学的地震の研究と地震現象による構造物の被害の研究,壊れないようにする耐震構造の研究は進んでいるが,人間の存在を含めた社会環境が地震によってどのような被害をこうむるかの研究(地震被害学)は着手されはじめたばかりである。地震が発生して市街地内のあちこちの施設が破壊され,それによって交通麻痺やいろいろな機能麻痺が起こり,普段であれば消せる火災が延焼火災に拡大したり,水道,ガス,電気が止まったために生活ができなくなるという地震の直接的被害でない二次的な被害も出る。地震によって家屋が倒壊するような直接的被害を一次災害と呼び,火災などのような直接的被害に連鎖して起こる災害を二次災害と呼ぶ。また,機能障害や経済的障害のようなものを三次災害と呼んでいる。地震による災害も社会との関連で考えると直接被害よりも二次災害や三次災害のほうが大きな意味をもっており,地震災害を時間的・空間的現象としてとらえなければならないことがわかる。今日のように高度技術によって輻輳(ふくそう)化した都市社会での地震災害を考えると,都市の開発のされ方や,都市のあり方そのものに起因する被害が多く,地震災害を工学的側面のみから考えるのでなく社会災害としてとらえていくことの必要性が増している。そのため今までの地震災害の概念と区別するため都市型地震災害という言葉も用いられるようになっている。
災害現象の本質的な局面は,地震,火災,洪水,山崩れなどの現象と人間のかかわりの部分にある。このことから物理的災害現象の研究に加えて,人間も含めた空間的,時間的災害の研究が必要になる。しかしそのために必要な組織化された研究は十分進められてこなかった。そのため一般の人たちがもっている災害のイメージは,災害の全体像のごく一部分でしかない。適正な災害対策を行うためには正しい災害の全体像を知ることが必要であるが,〈こわれる〉とか〈もえる〉などという物理的現象はあまりにも強い印象を与えるため,その物理的現象を理解することによって災害がわかったという錯覚に陥ってしまう。そのためこれまでの災害の認識は,その災害現象のきわめつけのある局面の印象にひきずられて,災害の時間的・空間的展開と人間の関係については,あまり強い関心が払われてこなかったのが実情である。
災害の全体像を理解するために必要なことは,現実に災害に遭遇した人たちや社会がもっている数多くの災害のイメージの断片を,可能なかぎり多くかつ新鮮な状態で収集し,そのイメージ情報を時間の順番に並べ,空間的位置づけを整理することである。このような作業によって十分とまではいかないが災害の全体像が構築できはじめる。
このとき注意しなければならないのは,災害が時間的・空間的広がりをもった現象であるため,一人の人間が知りうるイメージ情報には限界があることである。定常的なこととか習慣的なことであれば,〈一を見て十を知る〉ということが可能であるが,災害現場ではそれができない。災害の現場においては,災害が時間的・空間的現象だという前提を忘れると,個人個人のもっているイメージ情報は矛盾してみえることが当然ということになる。せっかくの情報でも,それを時間の順を逆に考えたり,空間の位置関係を間違えて考えたりすれば,常識では考えられないようなことになる。そのため災害現場での情報収集においては,常識という偏見をもたないで,ありのままを集めることがたいせつとなる。たとえば災害現場では,同じ現場にいた3人が3様の証言をすることも珍しくない。災害の場がそのような性質をもっているため,災害の現場を見ないで災害を知ることは不可能に近い。〈一を見て十を知る〉ことができない場であるからこそ,〈百聞は一見にしかず〉ということわざが成り立つのである。
今まで常識的に災害と考えていた〈こわれる〉とか〈もえる〉などの現象は,災害を構成する一要素でしかないわけで,たとえば火災現場でも〈もえ〉とか〈やけ〉だけを見ても災害現象の本質的局面を知ることはできない。たいせつなのは空間との関係であり,時間的順序である。災害現場の1枚の写真を見ることは,どんな説明を聞くより理解が深まるが,その1枚の写真の災害空間の中での位置づけがわからなければ,災害の全体像を構成するイメージ情報とはなりえない。このことを理解していないと,災害の現場から学ぶことは難しい。
災害はその時代その地域,その時代の技術レベルによって主役となる災害も変わるし,災害の様相も異なってくる。また災害を過去にくり返し受けていたり,大きな被害を経験している社会とそうでない社会では,災害に対する受取り方も大きく異なる。昔の技術レベルの低い時代の災害観は,おもに自然の大きな破壊力の前にやむをえない事態だとあきらめ〈天災〉ととらえていたが,だんだん技術的対応力がついて,自然の破壊力もおおかた防げるようになってくると,災害の種類も変わってくる。しかし,いったん計画条件を上まわる災害が起こると予想もできない被害を受けるようになり,〈人災〉といえるものが多くなってくる。例えば町を考えてみると,現代は昔にはなかったいろいろなものが町の中にある。超高層ビルや数多くの自動車など新しい技術によって生まれたものである。大地震などの災害が発生したとき,このような新しい技術の発展による,新しい災害が生まれる可能性があるということである。
→災害救助 →防災
執筆者:村上 處直
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…防災という言葉は,今日では一般的に用いられるようになってきており,また防災訓練,防災会議,地域防災計画,自主防災組織,防災広場,防災拠点,防災公園,防災施設,防災都市計画,防災建築街区造成法など防災が含まれた術語も相当増えてきている。そして一般には,〈防災〉とは〈災害を防ぐこと〉と理解されている。しかし,〈災害〉という言葉は英語でdisasterというように〈悪い星〉とか〈悪魔の星〉を表しているわけで,人間の力ではどうしようもない事態や,人間の知恵の及ばないような悪い事態が起こることをいっている。…
…業務上の負傷,疾病,障害,死亡を理由として被災労働者または遺族が受ける補償。労働者が仕事のうえで負傷し,病気になり,負傷や病気の結果身体障害が残り,または死亡した場合に,労働基準法または労働者災害補償保険法による労災補償が行われる。補償の種類としては,(1)傷病の療養のための療養補償,(2)療養のための休業中に従前の賃金の6割が支払われる休業補償,(3)傷病が治った(症状が固定した)場合に残った障害の程度に応じて支払われる障害補償,(4)労働者の死亡当時その収入によって生活していた遺族に支払われる遺族補償および葬祭料がある。…
※「災害」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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