月浦村(読み)つきうらむら

日本歴史地名大系 「月浦村」の解説

月浦村
つきうらむら

[現在地名]金沢市月浦町

森下もりもと川左岸に位置。同川を挟んで北東堅田かただ村。北は塚崎つかざき村。永正五年(一五〇八)七月の成立とされる白山禅頂私記(白山比神社蔵)井家いのいえの左衛門某が泰澄との旧約により、養老四年(七二〇)以来井家庄領家方の名主百姓に課して進物と人夫一〇人を調え、六月一五日に「月ノ浦ノ多ママ坊」を先達として白山に登拝するのが慣例であるとみえる。井上左衛門の館跡吉原よしわらにあると伝えられており、吉原領内に田本たぽん坊跡があったという(河北郡誌)正保郷帳によれば高一〇二石余、田方四町五反余・畑方二町三反余、新田高二六石余(免二ツ八歩)。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の高一三六石、免五ツ四歩、小物成は山役一一六匁・野役一三匁・蝋役一匁・綿役一匁・鳥役五匁、鳥役は当村周辺が鷹場となったため同年までには役免除とされた(三箇国高物成帳)


月浦村
つきのうらむら

[現在地名]水俣市月浦

八代海に面し、坂口さかぐち川の南側にあり、北に江添えぞえ村、南にふくろ村、東に中茂なかしげり村がある。古くから景勝の地として知られ、天正七年(一五七九)の相良軍と島津軍の水俣城攻防戦に「秋風にみなまた落る木の葉かな」との矢文に「よせてはしつむ月のうら波」という脇句をつけた矢文が射返されたと伝える。寛永一六年(一六三九)の葦北郡地侍御知行割帳(徳富文書)に「袋村内月浦村」とみえ、地侍一名が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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