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木島桜谷 このしま おうこく

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美術人名辞典の解説

木島桜谷

日本画家。京都生。名は文治郎、字は文質、別号に聾廬迂人・龍池草堂主人。今尾景年に師事。晩年は詩書に親しむ。円山・四条風の様式の上に工夫を加え、平明で親しみのある画風をつくり、山水・花鳥・人物、特に動物の描写に妙を得る。文展・帝展審査員。昭和13年(1938)歿、62才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

木島桜谷 このしま-おうこく

1877-1938 明治-昭和時代前期の日本画家。
明治10年3月6日生まれ。今尾景年(けいねん)にまなぶ。文展で明治40年の第1回から第6回まで連続受賞。大正4年京都市立絵画専門学校(現京都市立芸大)教授。昭和13年11月3日死去。62歳。京都出身。本名は文治郎。別号に竜池草堂主人など。作品に「若菜の山」「寒月」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

木島桜谷
このしまおうこく
(1877―1938)

日本画家。京都に生まれる。本名文治郎。京都市立商業学校を中退、19歳のとき今尾景年(けいねん)の門に入り、また山本谿愚(けいぐ)について漢詩を学んだ。京都美術協会展、新古美術品展などに出品、1899年(明治32)後素協会主催全国絵画共進会に出品した『瓜生(うりゅう)兄弟』が宮内省買上げになった。1907年(明治40)の第1回文展では『しぐれ』が二等賞になり、以後続けて受賞、13年(大正2)に審査員に推された。12年に京都市立美術工芸学校教諭、15年には京都市立絵画専門学校教授となり、後進を育てた。円山・四条派の画風にくふうを加え、主題を選ばず平明に表現した。『しぐれ』のほか『寒月』『若葉の山』などが代表作。晩年は画作から離れ詩書に親しんだ。[原田 実]

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