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末吉長方 すえよし ながかた

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

末吉長方 すえよし-ながかた

1588-1639 江戸時代前期の豪商。
天正(てんしょう)16年生まれ。末吉吉安(よしやす)の長男。元和(げんな)3年家督をつぎ,摂津・河内の代官職も継承。朱印船貿易もおこなった。6年の大洪水後,平野川に通じる水路をひらいて,柏原-大坂間の柏原船による貨物輸送をはじめた。寛永16年2月24日死去。52歳。通称は孫左衛門

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朝日日本歴史人物事典の解説

末吉長方

没年:寛永16.2.24(1639.3.28)
生年:天正16(1588)
江戸前期の豪商,朱印船貿易家。通称四郎五郎,弥左衛門。法名道意。父は末吉孫左衛門吉安,母は辻花氏の娘,その長男。摂津平野(大阪市平野区)の豪商西末吉家の家督を元和3(1617)年に継ぐ。父と同じく孫左衛門を称して朱印船貿易家の主流として安南国東京(インドシナ半島)に渡航し,貿易に従事する一方,河内国(大阪府)志紀,河内の代官職を継承して活躍した。特に長方の計画で寛永13(1636)年河内国志紀郡柏原村(大阪府柏原市)と大坂京橋間の平野川筋の水路を開き,船の往来を自由にし,自らも,はじめ船40艘,のち70艘をもって航行させ,その結果荒廃していた柏原周辺地域の開発に寄与。この通航料を取得する一方,多額の運上銀を支払ったという。世に柏原船と呼んだ。<参考文献>宮本又次『近世なにわ商人の風習と年中行事』,中田易直「末吉孫左衛門と末吉平野一統」(『日本歴史』501号)

(中田易直)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

末吉長方
すえよしながかた

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