本手組(読み)ほんてぐみ

精選版 日本国語大辞典「本手組」の解説

ほんて‐ぐみ【本手組】

〘名〙 日本最古三味線組歌形式。文祿(一五九二‐九六)のころ石村検校が「琉球組」をったのを始めとするといわれ、「鳥」「腰組」「不祥組」「飛騨(ひんだ)組」「忍組」「浮世組」の七曲が組歌の古典として行なわれるようになった。別の分類では表組に入れる。本手。⇔破手組
※歌謡・松の葉(1703)五・歌音声「本(ホンテクミ)のうたひかたと、長哥端哥などの弾うたひかくべつなり」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

世界大百科事典内の本手組の言及

【地歌】より

…その中でも最古典曲は,石村検校作曲とされる《琉球組》であるが,虎沢検校を経て柳川検校に至るまでに,増補・整理された。とくに柳川が〈カタバチ(片撥)〉(撥を弦にあてて胴皮におろす普通の弾き方とスクイ撥が交互になるモロバチが本手には用いられたが,これに対して普通の弾き方のみが連続する)の奏法によって新作したものを〈破(端・葉)手(はで)〉と称してから,それ以前のものを,狭義の〈本手組〉(表組)と称した。元禄期(1688‐1704)には,京都では早崎(はやさき)勾当(?‐1717),大坂では野川検校を中心に異なる伝承体系を生じ,前者を早崎流ないし柳川流,後者を野川流と称した。…

【三味線組歌】より

… 盲人音楽家の間に,芸術的伝承曲として伝えられるにいたって,さまざまな増補・編曲が行われるようになった。京都において,その伝承体系を確立させたのは柳川検校であって,みずから破手組その他の楽曲の作曲も行い,それ以前の古曲のみを本手組と称した。柳川の体系づけたものは,その後の伝承において,柳川流と称せられ,その詞章は《松の葉》(1703)に収録された。…

【本手】より

…三味線音楽の種目分類用語としては,伝承上の規範曲中の最古典たるものをいい,三味線の組歌全体をいうが,〈本曲〉ともいい,尺八や胡弓の〈本曲〉とほぼ同様な概念で用いられる。ただし,組歌の中を細分類して,その中でも最古典である《琉球組》以下の〈表七曲〉のみをとくに〈本手組〉といって,柳川検校作曲の〈破手組〉と区別することもある。また,三味線伴奏の流行歌曲でも,最も古い〈平九節(ひらくぶし)〉を〈本手の小歌〉といって,それ以降の〈破歌〉と区別することもある。…

※「本手組」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報