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野川流 のがわりゅう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

野川流
のがわりゅう

地歌の流儀名。京都の柳川流に対する流れで,大坂の野川検校 (?~1717) を祖とする芸系で,東京,大阪,九州などのほとんどの地歌がこの流儀。野川は従来の柳川検校以来の伝承を編曲,編成替えし,免許組織上でもいささか異なるものに改変した 32曲を制定し,その伝承を伝えることによって野川流が成立。のちにはその免許の際に伝承系譜を記す巻物の伝授も行われた。また野川は長歌の新作もし,津山検校が長歌 40番,番外 10番 (実際には 51曲) の組織を制定し,組歌とあわせて伝承の規範曲とした。大阪ではその伝承の系によってさらに細分され,菊筋,中筋,富筋などの派別を生じたが,これらは箏曲の伝承系列と重複し,交錯して必ずしも一致してはいない。

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デジタル大辞泉の解説

のがわ‐りゅう〔のがはリウ〕【野川流】

地歌の流派の一。大坂の野川検校(けんぎょう)が、京都の柳川流から独立して元禄(1688~1704)ごろに創始

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大辞林 第三版の解説

のがわりゅう【野川流】

地歌の流派の一。一七世紀末ごろに柳川流の分派として野川検校が大坂で開流。大坂を中心に多くの筋(支流)を生じ、関西・中国・中京・九州の諸地域に広く普及した。現行の地歌の諸系統は、京都の柳川流を除いて、大部分が野川流に属する。

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世界大百科事典内の野川流の言及

【地歌】より

…とくに柳川が〈カタバチ(片撥)〉(撥を弦にあてて胴皮におろす普通の弾き方とスクイ撥が交互になるモロバチが本手には用いられたが,これに対して普通の弾き方のみが連続する)の奏法によって新作したものを〈破(端・葉)手(はで)〉と称してから,それ以前のものを,狭義の〈本手組〉(表組)と称した。元禄期(1688‐1704)には,京都では早崎(はやさき)勾当(?‐1717),大坂では野川検校を中心に異なる伝承体系を生じ,前者を早崎流ないし柳川流,後者を野川流と称した。現在では,京都の伝承は6曲ほどのみであるが,大阪では32曲のすべてが伝承され,表組,破手組,裏組,中組,奥組に分類される。…

【三味線組歌】より

…柳川の体系づけたものは,その後の伝承において,柳川流と称せられ,その詞章は《松の葉》(1703)に収録された。 一方,大坂において異なる伝承体系も生まれ,その確立者は野川検校とされ,その後の伝承を野川流と称した。盲人音楽家の扱う三味線歌曲を地歌と称するようになるとともに,三味線組歌は,地歌音楽家の職業的伝承上の規範曲とされ,地歌そのものの流儀名の一つとして,野川流ともいうようになった。…

【野川検校】より

…妙観派。朝妻かう一検校(?‐1690)から三味線本手の伝承を受けたとされるが,大坂における伝承の祖とされ,京都の早崎流ないし柳川流に対して野川流を称す。本手のみならず,長歌の作曲においても特異性を発揮したらしく,《若緑》(1706)は,とくに野川作曲の長歌を収録するために刊行されたが,収録曲中の該当曲は不明。…

※「野川流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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