日本大百科全書(ニッポニカ) 「李之藻」の意味・わかりやすい解説
李之藻
りしそう
(1565―1631)
中国、明(みん)末の学者。字(あざな)は振之、我存。号は存園寄叟や洗礼名レオンにちなむ凉菴など。マテオ・リッチに師事し、1610年洗礼を受けた。1598年進士となり南京(なんきん)工部に勤め、1612年には南京太僕寺(車馬・牧畜を司る)少卿に至る。リッチの『坤輿万国全図(こんよばんこくぜんず)』などの刊行のほか、西洋学術やキリスト教に関する多くの著訳を行った。『乾坤(けんこん)体義』『同文算指』『渾蓋(こんがい)通憲図説』はクラビウスの天文・数学書の、『幾何原本』はユークリッドの数学書の、『寰有銓(かんゆうせん)』『名理探』はアリストテレスの自然学・論理学の訳。『天学初函』はキリスト教、天文・地理・数学・測量関係の叢書(そうしょ)である。『崇禎暦書(すうていれきしょ)』編纂(へんさん)にも加わったが完成前に没した。
[宮島一彦]