イエズス会の宣教師マテオ・リッチ作製の漢文世界地図。マテオ・リッチはヨーロッパ製の世界地図を1584年に漢訳した。これはこの年、地方官である王泮(おうはん)の手で印刷された。1幅からなる小さなものであったろうといわれ、名称は『山海輿地全図』であったというのが通説である。彼はこの地図のなかで、南北アメリカを向かって右側に、アジア、ヨーロッパ、アフリカを左側に置くという形式を初めてとったらしいが、1部も現存していない。1600年に彼は第二の世界地図を作製した。これは南京(ナンキン)吏部主事呉中明(ごちゅうめい)によって南京で公刊された。題名が『山海輿地全図』であったことは確かである。地図の大きさは次の李之藻(りしそう)版の2分の1くらいであったろうという。李之藻版は1602年にリッチの原稿をもとにして工部員外郎であった李之藻が公刊したもので、その題名が『坤輿万国全図』である。この地図はさいわいにもバチカン図書館、京都大学図書館、宮城県図書館に各1部ずつ現存している。縦1.79メートル、横4.14メートルの大きさの卵形の五大州図であって、6幅に分けられ、折り畳みができるようになっている。欄外や図中の空所に一面に天文学的、地理学的注記が施されている。1606年に信者の李応試がリッチの指導のもとに李之藻版に基づいた8幅からなる世界地図を作製したが、これは『両儀玄覧図』とよばれ、韓国のソウルに1部現存している。
[矢澤利彦]
イタリア人イエズス会士マテオ・リッチ(利瑪竇)(1552-1610)と彼に共鳴した開明的な中国知識人李之藻によって,1602年(万暦30)北京において刊行された漢語を用いた世界地図。中央にアピアヌス図法による世界地図を置き,四隅に南北の極投影法による2図,ならびに天文関係の2図を配置する。その宇宙論はアリストテレスの九重天説など西洋の伝統的な理論によるものであるが,世界地図はオルテリウス,メルカトルの地図帳やプラシウスの世界図など1570-90年のものが用いられた形跡があり,新大陸はじめ大航海時代にヨーロッパが獲得した世界地理の新知識を概括して受け入れている。なお西洋図そのままではなく,中国を世界の中心部におくなどの配慮もみせ,中国,朝鮮,日本などについては中国で得た資料によっている。この図は中国で流布しただけでなく,日本や朝鮮へももたらされ,17・18世紀の東アジアにおける世界地理知識に大きな影響を与えた。
執筆者:船越 昭生
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明末にマテオ・リッチが中国でつくった世界地図。1602年北京で刊行。6枚1組で,卵形の中に五大州図を収める。中国でできた代表的な世界地図として中国人,日本人に大きな影響を与えた。
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[中国における亜細亜]
さて2000年余にわたって意味を変えてきた,このアジアという単語が,中国,日本に伝来し,しだいに定着していく過程はどのようなものであったのか。漢字によって〈亜細亜〉と表記されたのは,現存する地図では,マテオ・リッチ(利瑪竇)の《坤輿(こんよ)万国全図》(1602)が最初である。〈亜細亜〉の記載場所は地図の中のウラルあたりであり,ほかにも〈大明国〉などの記載があって,このほうが字が大きいから,この〈亜細亜〉が現在の用法,すなわち,〈亜細亜〉が大概念で,その中に〈大明国〉その他が含まれるという考え方は,この地図と説明を読んだ当時の漢人に,明白な概念として伝わった保証はない。…
…しかし,鎖国以前の世界地理書は見当たらない。なお江戸初期以来長く日本人の世界地理の基礎となったのは,明末清初の中国に在留した耶蘇会士マテオ・リッチ(利瑪竇(りまとう))の《坤輿(こんよ)万国全図》とその地誌的記載,アレーニGiulio Aleni(艾儒略(がいじゆりやく))の《職方外紀》,フェルビースト(南懐仁)の《坤輿外紀》などである。鎖国後,海外通交時代の遺産であり総括ともいうべき長崎の西川如見の《華夷通商考》(1695,増補1708)が出現した。…
…肇慶より北上して江南地方に移ったが,その科学知識によって中国人の尊敬を集め,熱心な信徒を獲得した。また世界図を幾種類か描いたが,その一つは1602年に李之藻の手で《坤輿万国全図(こんよばんこくぜんず)》として刊行された。1601年1月に北京に入り,万暦帝に拝謁し,北京在住と中国全土におけるキリスト教布教の許可を得ることに成功し,これ以後多くのイエズス会宣教師が渡来した。…
※「坤輿万国全図」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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