村瀬太乙(読み)むらせ たいいつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「村瀬太乙」の解説

村瀬太乙 むらせ-たいいつ

1803-1881 江戸後期-明治時代の儒者
享和3年7月7日生まれ。村瀬藤城(とうじょう)の一族頼山陽(らい-さんよう)にまなび,尾張(おわり)(愛知県)犬山の郷校敬道館の教授となった。奇行逸話がおおい。明治14年7月3日死去。79歳。美濃(みの)(岐阜県)出身。名は黎。字(あざな)は泰乙。通称泰一編著に「幼学詩選」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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