東中島村(読み)ひがしなかじまむら

日本歴史地名大系 「東中島村」の解説

東中島村
ひがしなかじまむら

[現在地名]姫路市保城(ほうしろ)

飾東(しきとう)郡に所属。市(いち)川の右岸、市川と船場(せんば)川の分岐点の中洲に位置し、西は西中島村。慶長国絵図に「東中嶋村」とみえる。江戸時代を通して姫路藩領。大庄屋支配は野里(のざと)村と同じ。正保郷帳では田方三五四石余・畠方二〇石余。天保(一八三〇―四四)頃の領内郷村高覚書(前橋市立図書館蔵酒井家資料)に免六ツ、本田高四六五石余・新田高四〇石余とある。寛延二年(一七四九)に姫路藩領一揆が起こり、当村にあった中島組大庄屋川島吉五郎宅が破壊された(新版「姫路市史」)。


東中島村
ひがしなかじまむら

[現在地名]石鳥谷町東中島

北上川の蛇行する平地に開け、東西に長く、南北は狭い。南東は五大堂(ごだいどう)村、西は八重畑(やえはた)村。北上川を挟んだ対岸に西中島村がある。元和八年(一六二二)一〇月二五日の南部利直蔵入物成申付状(花巻宗青寺文書)に東中島の地名があげられる。正保国絵図に東中嶋村とあり、高一四三石余。天和二年(一六八二)の惣御代官所中高村付では蔵入高八六石余、七ヵ年平均の免は五ツ四厘三毛。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

晩秋から初冬にかけて現れる穏やかな暖かい晴天。小春とは旧暦 10月のことで,太陽歴では 11月から 12月上旬にあたる。厳しい冬を前に現れる温和な天気を喜んだことばで,アメリカ大陸やヨーロッパにも冬を...

小春日和の用語解説を読む