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東北楽天ゴールデンイーグルス とうほくらくてんごーるでんいーぐるす

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知恵蔵2015の解説

東北楽天ゴールデンイーグルス

日本のプロ野球パシフィック・リーグチーム本拠地は「日本製紙クリネックススタジアム宮城」(略称・Kスタ宮城)。通称は「楽天イーグルス」で、運営会社は「株式会社楽天野球団」。
2004年、日本プロ野球界は、パ・リーグオリックスと近鉄の合併による球団数の減問題や、それに対する対応に揺れ、選手会による史上初のストライキ行われるなど、深刻な「プロ野球再編問題」に直面していた。その中でインターネット関連大手企業の楽天株式会社が、宮城県仙台市を本拠とするパ・リーグへの加盟申請を行い、11月にこれが認められて日本プロ野球に50年ぶりの新規参入球団となった。
田尾安志を監督に迎えた初年の05年は、いわゆる「寄せ集め」の選手によるチーム力不足に悩まされ、開幕2戦目に0対26の記録的大敗を喫するなど、首位から51.5ゲーム差離された勝率2割8分1厘の最下位シーズンを終えた。
06年シーズンには野村克也が監督に就任。07年は初めて最下位を脱してレギュラーシーズン4位、09年には2位になるなど、チーム力をつけた。この間、06年9月のドラフト会議では、駒澤大学附属苫小牧高校より田中将大投手、國學院大学より現選手会長の嶋基宏捕手を獲得している。
10年には、球団初の外国人監督ブラウンが就任したが最下位に終わる。11年より星野仙一が監督に就任した。13年、エースの田中将大の開幕24連勝の大活躍などで7月から首位を走り、9月26日、設立9年目で球団初のパ・リーグ優勝を決めた。更にクライマックスシリーズ・ファイナルステージにおいても対戦成績を4勝1敗とし、10月21日、球団史上初となる日本シリーズ進出を決めた。日本シリーズでは4勝3敗で読売ジャイアンツ(巨人)を下し、球団史上初となる日本一に輝いた。

(フリーランスライター  葛西奈津子 / 2013年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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デジタル大辞泉の解説

とうほく‐らくてんゴールデンイーグルス【東北楽天ゴールデンイーグルス】

プロ野球球団の一。パシフィックリーグに所属し、フランチャイズは宮城県。平成17年(2005)に発足。

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編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
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デジタル大辞泉プラスの解説

東北楽天ゴールデンイーグルス

日本プロ野球、パシフィック・リーグに所属する球団のひとつ。2005年発足。宮城県をフランチャイズとする。

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知恵蔵miniの解説

東北楽天ゴールデンイーグルス

日本のプロ野球チーム。パシフィック・リーグの球団の一つで、「日本製紙クリネックススタジアム宮城」(略称・Kスタ宮城)を本拠地とする。通称「楽天イーグルス」、運営会社「株式会社楽天野球団」。2004年に起こったプロ野球再編問題の最中、楽天株式会社社長の三木谷浩史が新球団の加盟を申請、同年11月2日に正式に承認された。約50年ぶりの新チーム発足であり、東北地方を本拠地とする初のプロ野球チームともなった。初代監督は田尾安志。05年シーズンより始動したが、当初は球場の老朽化、選手レベルなどの問題を抱え、5位と25ゲーム差をつけられての最下位に終わった。06年より野村克也が監督になり、5位と4.5ゲーム差の最下位。07年には4位となり最下位を脱出。08年は5位に終わったがチーム打率は12球団トップと調子を上げ、翌09年にはリーグ2位に躍進。10年、マーティ・ブラウンが監督に就任、リーグ最下位となり、11年より星野仙一が監督に就任。13年9月26日、球団初のパ・リーグ優勝を決めた。

(2013-9-30)

出典|(株)朝日新聞出版発行
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

東北楽天ゴールデンイーグルス
とうほくらくてんごーるでんいーぐるす

日本のプロ野球球団。パシフィック・リーグ(パ・リーグ)所属。欧文表記はTohoku Rakuten Golden Eagles。フランチャイズを宮城県に置き、クリネックススタジアム宮城を本拠地としている。2005年(平成17)シーズンより新規参入。
 2004年(平成16)6月、オリックス・ブルーウェーブと大阪近鉄バファローズの球団合併案が進行中であることが表面化した。これに端を発してプロ野球リーグ再編の動きが顕著になり、プロ野球選手会が猛烈に反発、同年9月18日に日本プロ野球史上初のストライキが決行されるなど、球界は大混乱に陥った。労使交渉で妥結を目ざすうえでの大きなポイントとなったのは、現状の各6球団での2リーグ制存続か、球団数を減らして1リーグ制とするのか、どちらの方向を選択するかということであった。結果は、選手会が主張した2リーグ制存続が受け入れられた。そこで、オリックスと近鉄の合併による球団減を補う形で新規参入球団を受け入れることとなった。まず立候補したのは、大阪近鉄バファローズ存続のため球団買収に名のりをあげながら承認されなかったIT関連企業ライブドア。それに続くかたちで同業の楽天も立候補した。プロ野球実行委員会、オーナー会議を経て04年11月2日、楽天の新規加盟が承認され、東北地方や日本アルプスなどを中心に生息するイヌワシの英名をチーム名とし、宮城県営宮城野球場を改修して本拠地とするプロ野球球団が誕生することになった。
 初代監督に田尾安志(たおやすし)(1954― )、ゼネラル・マネージャーにスポーツジャーナリストのマーティー・キーナートMarty Kuehnert(1946― )を迎え、合併球団オリックス・バファローズのプロテクト枠から外れた選手を振り分ける分配ドラフトで得た選手や、他球団で戦力外となった選手などでチームを構成した。さらにドラフトでは一場靖弘(いちばやすひろ)(1982― )投手を自由獲得枠で指名し、また、合併球団にプロテクトされながら入団を拒否していた元大阪近鉄バファローズのエース岩隈久志(いわくまひさし)(1981― )投手も金銭トレードで獲得するなど、できる限りの戦力を集めて1年目のシーズンに備えた。[山下 健]

2005年以降

パ・リーグ参入初年の2005年はチームとして機能せず、38勝97敗1分けと大きく負け越して最下位。勝率はわずかに2割8分1厘であった。シーズン終了後、1年で田尾監督が解任され、2006年には名将野村克也(かつや)が監督に就任。しかし、創設2年目の若いチームとあって苦戦を強いられ、2年連続最下位でシーズンを終えた。2007年は、勝率4割7分2厘で4位。
 2007年までの通算成績は、152勝257敗7分け。[編集部]

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