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東晋(読み)トウシン

世界大百科事典 第2版の解説

とうしん【東晋 Dōng Jìn】

中国,晋王朝が華北を放棄し,江南にうつって建康(南京)に都を置いた時代。317年から420年,元帝司馬睿(しばえい)から恭帝司馬徳文まで11代。創業の初めにあたって王朝の命数を占った郭璞(かくはく)は,〈二百年を享(う)けん〉といったという。〈百二年〉をひっくりかえして〈二百年〉といったのであり,およそ102年で滅んだ。おなじく都を建康に置いた三国の呉および南朝4王朝とともに六朝の一つにかぞえられる。

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世界大百科事典内の東晋の言及

【魏晋南北朝時代】より

…220年漢帝国が滅亡してから589年隋によって中国が再び統一されるまでの時代。建康(南京)に首都を置いた呉・東晋・宋・斉・梁・陳の江南6王朝を六朝というが,六朝の語でこの時代を総称する場合もある。この時代の特徴は政治権力の多元化にあり,短命な王朝が各地に興亡して複雑な政局を織りなし,はなはだしい場合には十指に余る政権が併立した(図)。…

【五胡十六国】より

…ついで漢は西晋の首都洛陽を占拠し,漢族社会は大混乱におちいった(永嘉の乱)。漢族政権は江南に亡命をよぎなくされ(東),ここに華北は五胡十六国時代となる。 前趙は一時,関中(渭水盆地)一帯をも占領したが,匈奴の一派羯族出身の石勒に併呑された(後)。…

【晋】より

…265‐420年。都が洛陽に置かれた時代を西晋,都が江南の建康(南京)にうつった317年以後を東晋とよぶ。
[西晋]
 後漢の清流士大夫の流れをくむ名族の司馬氏は,の重臣となった司馬懿(しばい)が249年(嘉平1)のクーデタによって反対党の曹爽(そうそう)一派を倒して以来,その子の司馬師・司馬昭の時代にいたってますます権勢をほしいままにした。…

※「東晋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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