日本歴史地名大系 「松子村」の解説 松子村まつごむら 栃木県:那須郡那須町松子村[現在地名]那須町高久甲(たかくこう)・寺子乙(てらごおつ)・寺子丙(てらごへい)高久丘陵の南部、那珂川左岸にある。近世は黒羽藩領。同藩の「創垂可継」封域郷村誌巻一によれば枝村として東方に散在する羽原(はばら)・前久保(まえくぼ)・藤塩(ふじしお)・立岩(たていわ)の四村をあげるが、同巻二によれば本村は高久組、枝村は寺子組に属した。元禄郷帳では高五〇石余、天保郷帳では高九三石余。前掲封域郷村誌巻二によれば本村の家数三四、枝村の立岩村は田方二反余、家数二。羽原村は田方五反余、家数五。藤塩村は田方三反余、家数五。 松子村まつこむら 千葉県:香取郡大栄町松子村[現在地名]大栄町松子津富浦(つぶら)村の東に位置する。中世は大須賀(おおすか)保に属した。長享二年(一四八八)五月九日の妙法蓮華経(逢善寺所蔵聖教)の奥書に「大須賀保内末子権現堂」とみえる。戦国期大須賀氏が当地に本城(松子城)を構えていた。遺構は細長い台地の先端部にあり、後詰(うしろづめ)・用害(ようがい)・城(しろ)ノ内(うち)の字名でよばれる三郭が南から北に並び、その東側山麓に沿う集落は根古屋(ねこや)とよばれている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by