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松平頼恭 まつだいら よりたか

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松平頼恭 まつだいら-よりたか

1711-1771 江戸時代中期の大名。
正徳(しょうとく)元年5月20日生まれ。陸奥(むつ)守山藩(福島県)藩主松平頼貞(よりさだ)の子。松平頼桓(よりたけ)の養子となり,元文4年讃岐(さぬき)高松藩主松平(水戸)家5代。砂糖や塩の製法を研究させるなど殖産興業に力をそそいだ。明和8年7月18日死去。61歳。通称は大助。号は白岳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

松平頼恭

没年:明和8.7.18(1771.8.28)
生年:正徳1.5.20(1711.7.5)
江戸中期の大名,讃岐国高松藩主。幼名大助,帯刀,のち讃岐守を称した。号は白岳。水戸藩祖徳川頼房の曾孫にして奥州守山藩主松平頼貞の3男。高松藩主松平頼桓の養子となる。元文4(1739)年に29歳で襲封し,翌年高松に初入部する。藩政の刷新に力を注ぎ殖産興業を奨励し,栗林荘内に薬園を設けて薬草を栽培するとともに,藩の御蔵番という下級家臣であった平賀源内を薬坊主の格で登用するなどして産物の開発に努めた。また向山周慶に砂糖作りを研究させて成果をあげ,梶原景山には塩田を振興させるなど,讃岐三白の形成に貢献した。博物学者としても一流で,彼が画家三木文柳に描かせた魚譜『衆鱗図』,禽譜『衆禽画帖』,草木譜『衆芳画譜』といった博物図譜は写実の極を示す逸品である。<参考文献>木村陽二郎『江戸期のナチュラリスト

(笠谷和比古)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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