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松雲元慶 しょううん げんけい

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松雲元慶 しょううん-げんけい

1648-1710 江戸時代前期-中期の僧,仏師。
慶安元年生まれ。黄檗(おうばく)宗。鉄眼道光(てつげん-どうこう)に師事。豊前(ぶぜん)耶馬渓(やばけい)(大分県)で五百羅漢(らかん)造立(ぞうりゅう)を発願(ほつがん)して江戸にゆき,桂昌院らの寄進をえて元禄(げんろく)8年完成させた。像は東京都目黒区五百羅漢寺に現存。宝永7年7月11日死去。63歳。京都出身。俗名は九兵衛。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

しょううんげんけい【松雲元慶】

1648‐1710(慶安1‐宝永7)
江戸時代の僧で,もと仏師だったため,彫刻をよくした。22歳で仏門に入り,諸国修行中に五百羅漢の造像を発願,1692年から95年(元禄5‐8)にかけ,羅漢像のほか,丈六釈迦三尊など560体の像を一人で製作し,これをいれる堂塔を江戸本所に建設の途上で没した。寺(羅漢寺)は現在目黒に移され,像も300余体が現存する。作風は京都万福寺の范道生(はんどうせい)作の羅漢像の影響をうけ,繁縟(はんじよく)な傾向が強い。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内の松雲元慶の言及

【江戸時代美術】より

…万福寺では渡来仏師范道生により新奇な仏像が制作され,日本の仏師らにも影響を与えた。江戸の松雲元慶による五百羅漢寺のための造像(1695ころ)には,この新様式と伝統様式とのすぐれた融合が見られる。美濃の遊行僧円空が,地方民衆の素朴な信仰に支えられて各地に残したおびただしい木彫像は,古代以来の鉈(なた)彫りの伝統を蘇生させたものであるが,ここにも黄檗彫刻の影響が認められる。…

【黄檗美術】より

…これら黄檗寺院には,中国人仏師范道生による木彫の韋駄天像や布袋・羅漢像などが置かれたが,濃厚な色やユーモラスな表情に,中国民衆の宗教感情を反映させたこの明末仏像の作風もまた,日本の仏像彫刻に刺激を与えた。松雲元慶の五百羅漢像(1695)は黄檗彫刻の影響によるすぐれた作例であり,円空や木喰明満の鉈彫にも,黄檗彫刻の要素が認められる。 絵画の分野では,黄檗画像がまずあげられる。…

※「松雲元慶」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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