五百羅漢(読み)ごひゃくらかん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

五百羅漢
ごひゃくらかん

仏教で供養尊敬を受けるに値する 500人の人々。第1回,第4回の仏典編集会議に集った人々がそれぞれ 500人であったことから両会議の参加者をさしていう。また,確かな根拠はわからないが,中国,日本の禅宗五百羅漢の崇拝が行われ,それに関する美術品も多い。

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世界大百科事典 第2版の解説

ごひゃくらかん【五百羅漢】

500人の羅漢およびその群像。十六羅漢という呼称もある。十六羅漢は,仏法を護持することを誓った16人の仏弟子で,五百羅漢は,仏の滅後に行われた第1回目の経典編纂(結集(けつじゆう))に集まった仏弟子を指すといわれる。いずれも,それぞれの能力を生かして正法を後世に伝える役割を担っている。深山にこもってひたすらに修行に励むその姿は,肉は落ち粗末な衣服を身にまとってはいるけれども,超人的なさまざまの能力を得て,仙境に遊ぶような風貌である。

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大辞林 第三版の解説

ごひゃくらかん【五百羅漢】

〘仏〙 釈迦没後、第一結集けつじゆう、または第四結集に集まった、五百人の阿羅漢あらかん。また、その人たちをまつった所。五百阿羅漢。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

五百羅漢
ごひゃくらかん

信仰の対象である500人の羅漢(阿羅漢(あらかん))。インドの仏典に、仏に常時付き従った弟子の数として、あるいは仏滅直後の経典編纂(へんさん)の参加者の数として、しばしば「五百」の数字があげられている。これに基づき、中国や日本で、500人の羅漢に対する信仰が生じ、五百羅漢像が彫られ、それを安置する五百羅漢寺が建てられるようになった。中国では「乾明院(けんみょういん)五百羅漢名号碑」に500人の羅漢の名が列記されたこともあるが、歴史的事実を表したものではない。日本で五百羅漢の像で有名な寺院に、大分県中津(なかつ)市耶馬渓(やばけい)の羅漢寺、埼玉県川越(かわごえ)市の喜多院(きたいん)、東京都目黒の羅漢寺などがある。京都市の大徳寺や東福寺などには五百羅漢の画幅がある。[定方 晟]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ごひゃく‐らかん【五百羅漢】

〘名〙
① 仏語。仏典の第一結集に参加した釈迦の弟子五百人、または第四結集のおりの五百人の聖者をいう。さらに、その彫像、または、彫像を安置してまつってある所などをもさす。五百阿羅漢。五百応真。五百。〔参天台五台山記(1072‐73)〕〔仏説興起行経‐序〕
② ①から、ひとところに集まった大勢の人をたとえていう。
※軍隊病(1928)〈立野信之〉三「せまい医務室は、兵卒の五百羅漢どもで身動きがとれなかった」

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世界大百科事典内の五百羅漢の言及

【羅漢】より

…釈迦の直弟子のうち高位のものはみな阿羅漢で,舎利弗(しやりほつ),目連(もくれん),迦葉(かしよう)などがいる。阿羅漢をまとめ,十六羅漢や五百羅漢に対する信仰も生じた。小乗仏教においては,阿羅漢は仏弟子の到達する最高の階位とされ,これ以上修すべきものがないという意味で無学ともいう。…

【羅漢図】より

…その絵画化は中国の六朝時代に始まっているが,唐時代に玄奘(げんじよう)によって《法住記》が訳出され,十六羅漢の名称,所在地などが明確となり,信仰が始まった。その後,仏教の教主釈迦への信仰が,法身から実在の釈迦へと移り変わるにつれて,羅漢信仰は盛んとなり,中国では宋以後,日本では平安時代以降,十六,十八,五百羅漢などのおびただしい作品が描かれ,現存遺品も数多い。羅漢の像容には一定のきまりはなく,主として顔の表情から禅月様,李竜眠様に大別されているが,そのような分類では律しきれない変化形式が生まれている。…

※「五百羅漢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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