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耶馬渓 やばけい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

耶馬渓
やばけい

大分県北西部,中津市中部の旧町域。山国川の中流域にある。 1965年町制。 2005年中津市に編入。大部分が山地で,そのなかに山国川とその支流が形成した狭い平地がある。産業の中心は農林業で,米作,チャ (茶) の栽培,畜産が行なわれる。国の名勝耶馬渓の中心地の一つで,古くから観光地として知られ,ほぼ全域が耶馬日田英彦山国定公園に属する。犬ヶ岳のツクシシャクナゲは国の天然記念物

耶馬渓
やばけい

大分県北西部,日本最大の溶岩台地山国川などに浸食されてできた峡谷。国指定名勝。溶岩台地新第三紀耶馬渓火山の活動による変朽安山岩の上に集塊岩層を厚く堆積し,その後,性質を異にする新耶馬渓溶岩の流入で東部に大規模な台地を形成。さらに,阿蘇溶岩がその上を薄く覆う。山国川の本流および支流は直立する節理と,もろく不均質な層理に沿って浸食し,雄大な渓谷美と奇岩怪石の連なる岩石美をつくりだし,アカマツ広葉樹の林とよく調和している。頼山陽によって世に紹介され,1950年日田盆地英彦山とともに耶馬日田英彦山国定公園に指定された。競秀峰山腹の青ノ洞門は特に有名。本耶馬渓(山国川中流),深耶馬渓(山移川),裏耶馬渓(金吉川)などがある。

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デジタル大辞泉の解説

やば‐けい【耶馬渓】

大分県中津市を流れる山国(やまくに)川の渓谷。溶岩台地を浸食した奇岩秀峰の景勝地。本耶馬渓は青ノ洞門付近から柿坂付近までをいい、上流の奥耶馬渓、支流の羅漢寺渓・深耶馬渓・裏耶馬渓なども含めていう。頼山陽の命名。

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百科事典マイペディアの解説

耶馬渓【やばけい】

大分県北西部に広がる日本最大の溶岩台地(名勝)。東西36km,南北32km。第三紀末の耶馬渓火山の活動で噴出した変朽安山岩の上に集塊岩が堆積したもので,山国川などの諸河川による浸食で多くのメーサビュートが形成され,山国川本流の本耶馬渓をはじめ奥耶馬渓,深耶馬渓,裏耶馬渓,津民渓など奇岩や絶壁の渓谷が各所にみられる。
→関連項目中津[市]本耶馬渓[町]耶馬渓[町]

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世界大百科事典 第2版の解説

やばけい【耶馬渓】

大分県北西部,山国川の中・上流域一帯の渓谷。この地域は,形成の時期を異にする豊肥火山活動期の溶岩(耶馬渓溶岩)が幾重にも堆積した日本最大の溶岩台地であり,これを山国川の本・支流が深く浸食して,独特な地形を展開している。山国川本・流筋は本耶馬渓と呼ばれ,凝灰角レキ岩からなる耶馬渓層が卓越する。浸食によって急崖,岩柱,奇峰,石門などの見られる旧耶馬渓式風景を作り出している。青ノ洞門の見られる名勝競秀峰(きようしゆうほう)はその代表的なもので,他にも賢女ヶ岳(けんによがたけ),朝天峰,七仙巌(しちせんがん)などがある。

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大辞林 第三版の解説

やばけい【耶馬渓】

大分県北西部、山国川上・中流の渓谷。溶岩台地と集塊岩山地の浸食によってできた景勝地。本耶馬渓・裏耶馬渓・深耶馬渓などからなる。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔大分県〕耶馬渓(やばけい)


大分県北西部の渓谷。山国(やまくに)川上・中流域とその支流沿いにある。渓流・森林・奇岩の美観が一体となった景勝地。山国川本流の本(ほん)耶馬渓ほか、羅漢寺(らかんじ)・深(しん)・裏(うら)・奥(おく)・椎屋(しいや)などの冠称付きの多数の耶馬渓がある。耶馬日田英彦山(ひたひこさん)国定公園を代表する観光地で、国指定の名勝。耶馬渓溶岩台地が浸食され、奇岩・剣峰・石柱などの岩石景観をつくる。浸食地形のメサ(テーブル状の平坦(へいたん)地形)やビュート(メサが縮小した頂上が平らな孤立丘)も多い。アカマツ・カエデ・ブナ林におおわれる。青ノ洞門(あおのどうもん)や猿飛甌穴(さるとびおうけつ)群、羅漢寺が名高い。自然歩道や全長36kmのサイクリングロードが通じ、多数のキャンプ場が整う。新緑・紅葉期に観光客が多い。青ノ洞門は菊池寛『恩讐(おんしゅう)の彼方(かなた)に』の舞台となった。

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世界大百科事典内の耶馬渓の言及

【青ノ洞門】より

…大分県北部,下毛郡本耶馬渓町大字曾木字青にある耶馬渓の名勝の一つで,競秀峰崖下にある洞穴道。18世紀中ごろ僧禅海が〈鎧渡し〉と呼ばれていた難所に独力でつくったもので,このことは菊池寛の小説《恩讐(おんしゆう)の彼方に》(1919)によって広く知られた。…

【大分[県]】より

…長崎三角帯にあたる北部は新旧の火山活動による溶岩類が累積して形成されたところで,次の三つに大別できる。(1)阿蘇火山の外輪山とその火砕流の堆積した大野川流域,(2)豊肥火山活動による広大な溶岩台地が形成され,のち浸食されて溶岩台地削剝地形(メーサ,ビュート)の展開する日田,玖珠から耶馬渓地方,(3)両者の間に展開する山陰系の火山である両子(ふたご)山,文珠山(ともに国東(くにさき)半島),鶴見岳,由布岳,九重山などのある地帯。このように大分県の地形は,山地や高原が広く,これらを四周から筑後川の上流,大野川,大分川,山国川などの河川が浸食して,複雑な地形区をなしている。…

【豊前国】より

…豊前国は九州の玄関口に当たっていたので小倉,田野浦(門司)は九州と上方を結ぶ瀬戸内海航路の船の発着場となり,多くの貨物が出入りし,参勤交代の大名や商人,文人が往来した。陸上交通では小倉を起点として長崎街道,豊後街道が通じるほか,小倉から香春,後藤寺,猪膝を経て筑前南部や豊後日田に通ずる街道,中津から耶馬渓を経て日田に至る街道,行事と田川を結ぶ街道などがあった。耶馬渓には僧禅海が30年の歳月をかけて完成した青ノ洞門がある。…

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