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柴又 シバマタ

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デジタル大辞泉の解説

しばまた【柴又】

東京都葛飾(かつしか)区の地名。柴又帝釈天の門前町。

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世界大百科事典 第2版の解説

しばまた【柴又】

東京都葛飾区東部の地名。江戸川と中川にはさまれた低地にある。721年(養老5)の《正倉院文書》に載る〈嶋俣〉を柴又に当てる説が有力である。戦国時代には柴俣となり,江戸時代中期以後,柴又と書かれるようになった。明治に入って1878年から南葛飾郡に属し,1889年から金町村の大字となった。現在の柴又町の町名がつけられたのは1932年である。1629年(寛永6)に創建された日蓮宗の題経(だいきよう)寺(柴又帝釈天)は庚申待ちの信仰と結びついて,江戸時代後期から参詣者がふえ,1913年京成金町線の開通により,柴又はその門前町としてにぎわうようになった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

柴又
しばまた

東京都葛飾(かつしか)区東部、江戸川に臨む地区。江戸川・中川間の低地で、古くは入り江でいくつかの島が点在したことから嶋俣(しままた)とよばれ、その後、柴俣、芝又と記され、1629年(寛永6)創建の題経寺(だいきょうじ)(柴又帝釈天(たいしゃくてん))の門前町として知られるようになった。帝釈天のほか柴又八幡社(はちまんしゃ)、矢切(やぎり)の渡し、川魚料理で親しまれている。JR常磐(じょうばん)線金町(かなまち)駅を起点とする京成(けいせい)電鉄金町線と、北総鉄道北総線が通る。[沢田 清]

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