日本大百科全書(ニッポニカ) 「根岸友山」の意味・わかりやすい解説
根岸友山
ねぎしゆうさん
(1809―1890)
勤王の志士。武蔵(むさし)国大里郡甲山(かぶとやま)村(埼玉県熊谷(くまがや)市)の豪農に生まれる。幼名房吉。代々伴七(ばんしち)を称し、名主(なぬし)を務める。1839年(天保10)荒川堤工事の不正を糾弾する簑負(みのおい)騒動の責を負って入牢(にゅうろう)。1859年(安政6)許され帰村。文武に優れ詩書にも長じ、邸内に私塾三余堂や振武(しんぶ)所を開設、寺門静軒(てらかどせいけん)や安藤野雁(ぬかり)らの学者や、薩長(さっちょう)の志士たちとも交わる。1863年(文久3)新徴(しんちょう)組に参加し、国事に奔走。帰郷後も尊王運動を支援する。
[大村 進]