江戸末期の漢学者。名は良。字(あざな)は士温。通称弥五左衛門。江戸の人。山本緑陰に師事。天保(てんぽう)年間(1830~44)に著した『江戸繁昌記(はんじょうき)』(正編五冊、後編三冊)では、「無用之人」と自称し、その目を通して幕末江戸の世相を戯体の漢文で活写した。この作は大いに評判となったが、そこに込められた風刺の鋭さゆえに天保の改革の当事者の忌諱(きい)に触れ筆禍を招いた。結果は武家奉公御構(おかまい)(禁止)となり、以後諸国を流浪。1859年(安政6)には『新潟繁昌記』を書き下した。幕末・明治の文壇に現れた一群の繁昌記ものは彼を祖とする。ほかに『静軒一家言』『静軒詩鈔(しょう)』『静軒文鈔』などの著作がある。慶応(けいおう)4年2月24日没。
[中野三敏]
『永井啓夫著『寺門静軒』(1966・青蛙房)』
幕末期の儒者。名は良,字は子温,通称弥五左衛門。号は静軒のほか,克己,蓮湖など。水戸藩士の子として江戸に生まれ,山本緑陰に入門し,駒込,谷中,浅草新堀端などに開塾して,水戸藩仕官をはかったが成功せず,以後上州,野州,越後などに旅行,講義をして生活し,みずから〈無用之人〉と称し世間を皮肉の目で観じ,戯著《江戸繁昌記》などを板行して筆禍をこうむったが,後世に与えた文学上の影響は少なくない。
執筆者:朝倉 治彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…江戸末期の江戸市中の繁栄ぶりを狂体漢文で叙した風俗書。著者は寺門(てらかど)静軒(良)。1832‐36年(天保3‐7)刊。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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