梅戸村(読み)うめどむら

日本歴史地名大系 「梅戸村」の解説

梅戸村
うめどむら

[現在地名]大安町梅戸

員弁川の右岸に位置し、村域の西部は台地、東部は員弁川の形成した沖積低地となっている。集落はこの低地上にあり、員弁街道を中心として大規模な集落を形づくっている。梅戸を現在は「ウメド」とよんでいるが、明応元年(一四九二)頃成立した東山殿時代大名外様附(京都大学蔵)は、梅戸一帯の土豪梅戸氏について「梅戸(むめづ)右京亮」とし、また「五鈴遺響」が梅戸を「宇女豆と訓ス」としており、古くは梅戸と記してウメズと発音したらしい。梅津と書く場合もあり、古くは「証如上人日記」で梅戸氏をさして「梅津」と記した個所が一個所ある。「五鈴遺響」は梅津との表記を「後世の俗称ナリ」としている。「神鳳鈔」にも「梅戸御厨」とともに「梅津御厨」の名がみえる(→梅戸御厨)。


梅戸村
うめどむら

[現在地名]川西町大字梅戸

寺川左岸の低地に位置し、川を隔てて東は結崎(ゆうざき)村。西大寺田園目録に「城下郡西郷十一条四里廿七坪一段自西四段目字ヲヽスイタ」とあり、現小字の大水田(おおみずた)に坪付位置が一致する。

元禄郷帳・天保郷帳は「結崎之枝郷」と記し、村高は二八四・七一一石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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