植民地独立運動(読み)しょくみんちどくりつうんどう(英語表記)independence movements in the colonies

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

植民地独立運動
しょくみんちどくりつうんどう
independence movements in the colonies

植民地独立運動が歴史の前面に現れるようになったのは,帝国主義列強による世界の分割が進行して,その植民地支配体制が確立し,後進民族への重圧が強められた 1870年以降である。 82年のエジプトのアラビ・パシャの反乱,96年のイタリアに対するエチオピア人の反撃,また南アフリカ戦争におけるボーア人の反乱,フィリピンにおける E.アギナルドの反乱,さらには 1900年の中国における義和団事変などは,いずれも抑圧された民族の基本的な要求を表わしたものであり,植民地独立運動の初期の典型的なものといえる。これらは概して突発的,爆発的なものが多かった。第1次世界大戦後,1920年代に入ってからは近代的な組織運動の形をとって世界的に高まり,さらに第2次世界大戦を経て,画期的な進展をみせた。これは基本的には,長年に及ぶ列強の帝国主義支配の結果として,植民地民族の民族的自覚が喚起されたことによるが,大戦の直接的,間接的影響によって植民地民族の貧窮が激化し,支配民族に対する反感と反抗とを一層高めたこと,大戦を通じて植民地地域に軍事的,政治的空白がつくられたことなども大きな刺激的要因として作用したといえよう。こうして第2次世界大戦を契機として,植民地独立運動はまず東アジア一帯に広まり,47年には南アジアから中近東全域に及び,さらに 50年にはエジプトから北アフリカ一帯に波及した。政治的独立の口火を切ったのは,45年9月のベトナム,46年7月のフィリピンである。サハラ以南のいわゆるブラックアフリカでも,57年3月のガーナを皮切りに,60年には「アフリカの年」といわれたほど多くの国々が,70年代にはアンゴラ,モザンビークなど8ヵ国が,80年にはジンバブエが独立し,この流れは 80年代の大洋州における小国の相次ぐ独立へとつながっていった。今日ではほとんどの地域が独立を獲得している。 (→新植民地主義 , 民族解放運動 )  

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