日本大百科全書(ニッポニカ) 「検疫探知犬」の意味・わかりやすい解説
検疫探知犬
けんえきたんちけん
quarantine detector dog
海外旅行客の手荷物や国際郵便物のなかに入っている探知対象物の臭いを嗅(か)ぎ分け、ハンドラー(検疫探知犬を取り扱う人)に知らせるよう訓練されたイヌをいう。今日、韓国、中国、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ合衆国、カナダ、イギリス、ニューカレドニア、プエルトリコなどの多くの国で導入され、外国から伝染病(この場合は、人獣共通感染症を含む動物の伝染病および植物の病害虫をさす)が侵入することを防止し、自国の生態系の確保に役だっている。検疫探知犬には、その探知行動から、アクティブ・ドッグactive response dogsとパッシブ・ドッグpassive response dogsの2種類がある。アクティブ・ドッグは、探知対象物を探知すると、前肢でたたく、または鼻をすりつける、という活動的な反応をするように訓練された探知犬で、ゴールデンレトリバーなどの運動能力の優れたイヌが用いられることが多い。国際空港での手荷物の探知のほか、国際郵便局など、荷物が山積みされ高い位置まであるなかを嗅ぎ分けて探知する必要がある場所での探知活動を行う。一方、探知対象物を探知すると、その場に座ってハンドラーに知らせるよう訓練され、旅行客に受入れられる受動的な反応をする探知犬をパッシブ・ドッグという。
違法な物質、たとえば麻薬や爆発物を探知するためのイヌの使用は、1960年代に始まり、1970年代までには、世界各国の政府機関がさまざまな分野で導入し始めた。農業検疫物の探知にイヌを世界で初めて使用したのはメキシコ政府で、その後、1970年代後半に、アメリカ合衆国農務省が、国際郵便物や旅行客の手荷物を検査する検疫探知犬を国際空港に導入した。導入後まもなくの1979年から1983年の期間は、大型犬のみによる探知活動が、旅行客と接触しない場所で行われていた。この期間に検疫探知犬が実績を上げたため、旅行客と接触する場所での小型犬による探知活動を行うアイデアが生じ、1984年に「ビーグル隊Beagle Brigade」の結成プログラムが発足した。
ビーグルはイギリス原産の猟犬で、セント・ハウンドscent hounds(鋭敏な嗅覚を発揮するハウンド種)として長い歴史をもつ。15世紀ころ盛んにウサギ狩りに用いられていたハウンド種のなかでもっとも小形のイヌであり、古フランス語で「小さい」を意味する「beigle」からその名が付けられたといわれている。ウサギは追跡をかわすために、岩から岩へ大きく跳ぶ、急角度で曲がるなど、自分の臭跡を断つトリッキーな動きをするが、ビーグルはこの臭いのトリックをかわして追跡を続けることのできる並はずれた嗅覚と優れた運動能力をもち、素直で穏やかな性格をしている。このため、国際空港の手荷物検査場の人混みや騒音のなかでも影響されることなく探知活動を行えることから、パッシブ・ドッグとして用いられることが多い。
日本では、動物検疫が必要な畜産物の申告漏れを未然に防ぐことを目的として、2005年(平成17)から農林水産省動物検疫所が導入、食肉製品などの畜産物の臭いを嗅ぎ分けるパッシブ・ドッグのビーグル2頭が、同年12月に日本初の検疫探知犬として成田国際空港に配置された。
[笹田陽子]
『愛犬の友編集部編『新犬種別ガイド・シリーズ ビーグル』(1999・誠文堂新光社)』▽『小倉正行著『イラスト版 これでわかる輸入食品の話――ここが問題!食品検疫と食料自給率』(2000・合同出版)』▽『マーク・デア著、中村凪子・水野尚子訳『美しい犬、働く犬――アメリカの犬たちはいま…』(2001・草思社)』▽『M・ウェイズボード、K・カチャノフ著、佐倉八重訳『働く犬たち』(2003・中央公論新社)』▽『日本補助犬協会監修『はたらく犬』全4巻(2004・学習研究社)』▽『坂井貞雄監修『犬とくらす犬と生きるまるごと犬百科』全6巻(2005・金の星社)』