楳茂都 扇性(2代目)
ウメモト センショウ
- 職業
- 日本舞踊家
- 肩書
- 楳茂都流家元
- 本名
- 鷲谷 路三郎
- 別名
- 号=鶯集庵,画名=舞尊
- 生年月日
- 元治1年
- 出身地
- 大坂(大阪府)
- 経歴
- 父が大坂で興した今様風流舞の楳茂都流を継承し2代目となる。関西の歌舞伎界のほか花柳界にも進出、新町・北新地・京都宮川町など花街の師匠を務め、浪花踊の演出・振付けに新機軸を打ち出すなど、同流派を発展させた。多くの新作を発表する一方、独自の舞踊譜を考案した。
- 没年月日
- 昭和3年 9月14日 (1928年)
- 家族
- 父=楳茂都 扇性(初代)
楳茂都 扇性(初代)
ウメモト センショウ
- 職業
- 上方舞踊家
- 本名
- 鷲谷 将曹
- 生年月日
- 文政9年
- 出生地
- 京都府
- 経歴
- 大阪で今様風流舞と称して楳茂都流を創始し、また能楽・歌舞伎・舞踊を総合した新芸能、てには狂言の振り付けをおこなった。劇場振付師としても活躍した。
- 没年月日
- 明治27年 3月20日 (1894年)
出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報
楳茂都 扇性(2代目)
ウメモト センショウ
明治〜昭和期の日本舞踊家 楳茂都流家元。
- 生年
- 元治1年(1864年)
- 没年
- 昭和3(1928)年9月14日
- 出身地
- 大阪府
- 本名
- 鷲谷 路三郎
- 別名
- 号=鶯集庵,画名=舞尊
- 経歴
- 父が大坂で興した今様風流舞の楳茂都流を継承し2代目となる。関西の歌舞伎界のほか花柳界にも進出、新町・北新地・京都宮川町など花街の師匠を務め、浪花踊の演出・振り付けに新機軸を打ち出すなど、同流派を発展させた。多くの新作を発表する一方、独自の舞踊譜を考案した。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
楳茂都扇性(初代) うめもと-せんしょう
1826-1894 幕末-明治時代の舞踊家。
文政9年生まれ。京都方広寺門跡真仁法親王につかえ雅楽,乱舞,今様舞などの名手だった父鷲谷(わしたに)正蔵にまなび,大坂で今様風流舞(上方舞)の楳茂都流をおこす。能,歌舞伎,舞踊を統合した「てには狂言」で人気をよんだ。明治27年3月20日死去。69歳。京都出身。本名は鷲谷将曹(しょうそう)。
楳茂都扇性(2代) うめもと-せんしょう
1864-1928 明治-大正時代の舞踊家。
元治(げんじ)元年生まれ。初代楳茂都扇性の子。歌舞伎界のほか花柳界にも進出。浪花(なにわ)をどりの演出,振り付けに新機軸をうちだすなど,関西の舞踊界で楳茂都流を発展させた。昭和3年9月14日死去。65歳。大坂出身。本名は鷲谷(わしたに)路三郎。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
世界大百科事典(旧版)内の楳茂都扇性の言及
【楳茂都流】より
…[上方舞]の流派。今様風流舞を唱えた初世楳茂都扇性(せんしよう)を流祖とする。初世扇性(本名鷲谷将曹)は父の薫陶を受け,大坂の振付師となった。…
※「楳茂都扇性」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」