日本大百科全書(ニッポニカ) 「舞踊譜」の意味・わかりやすい解説
舞踊譜
ぶようふ
dance notation
舞踊の記譜。舞踊を記録することは古くから試みられ、古代エジプトでは象形文字で舞踊を記述したといわれる。今日「振付け」を意味する英語choreographyは、ギリシア語のchoros(群舞)とgraphios(描く)からきており、「舞踊を記録する」という原義である。
[市川 雅・國吉和子]
歴史
ヨーロッパではアルボーThoinot Arbeau(1519―95)が『オルケソグラフィー』(1589)を著し、そのなかには楽譜の音符に対応して動きが文字記号で示されている。また、フイエRaoul Auger Feuillet(1675―1730)の『コレオグラフィー、または舞踊記譜法』(1701)には、床に描かれた舞踊の図形が記録されている。19世紀にはサン・レオン、ステパノフVladimir Ivanovich Stepanov、20世紀にはR・V・ラバン、ベネシュRudolph Beneshらによって多くの記譜法が考え出された。とくにラバンの考案したラバノテーションLabanotationは、汎用(はんよう)性と正確さにおいて現在も広く利用されている。
日本では雅楽(舞楽)が早くから「舞譜名目」によって譜語を整理し、『歌儛(かぶ)品目』(1822)などに舞譜が書かれている。能楽では、笛の唱歌や謡本(うたいぼん)の詞章に舞の型が書かれ、「型付」という、文章による動きの指示が記録されている。近世日本舞踊には『絵本踊(おどり)づくし』(1775)が座敷舞の簡単な図解を記し、『踊独稽古(おどりひとりけいこ)』(1815)には、葛飾北斎(かつしかほくさい)による連続した人体スケッチに詞章を添えた教則本がある。いずれも技法は記号化されず、人体スケッチによる動きの覚書きであった。記号化が試みられるのは、昭和になってからで、西川扇五郎(せんごろう)の「舞踊譜」をもとにして東京国立文化財研究所が体系化した『標準日本舞踊譜』(1960)がある。
[市川 雅・國吉和子]
現代の舞踊譜
今日ではコンピュータ画像の進歩によって、人間の身体の動きのすべてを、ぶれやあいまいな動きに至るまで、デジタル画像で再現できる画期的な技術が開発された。M・カニンガムはコンピュータ・ソフト「ライフ・フォームズ」を用い、仮想空間で動きを操作することによってダンサーの動きの可能性を広げた。また、W・フォーサイスは動きをコンピュータで分析し編集することによってダンサーの創作力を開発する新しい考え方を振付けに導入した。また、ビデオの普及によって映像による記録が身体運動学の分析方法として広く活用されるようになっている。そのほか特殊なものとして、1998年に公開された土方巽(ひじかたたつみ)による記録がある。これは舞踏家のイメージを喚起する土方のことばと、姿形の素材となる絵画の断片から構成されたノートで、基本的には非公開を前提として書かれたものである。
[市川 雅・國吉和子]
『東京国立文化財研究所編『標準日本舞踊譜』(1960・創芸社)』▽『ルドルフ・フォン・ラバン著、神沢和夫訳『身体運動の習得』(1985・白水社)』