内科学 第10版 「横隔膜麻痺」の解説
横隔膜麻痺(横隔膜位置異常)
定義・概念
頸髄損傷などによる中枢性と横隔神経障害による末梢性に分類される.原因不明の特発性も少なくない.
原因・病因
片側横隔膜麻痺は片側の横隔神経の刺激伝導障害により生じる横隔膜機能不全である.頻度の高い原因として肺・縦隔の悪性腫瘍による圧迫や浸潤がある.頸部あるいは胸部の手術が原因のこともある.次いで頻度が高いのは原因不明の特発性で特発性横隔膜麻痺は右側横隔膜に生じることが多い.
両側横隔膜麻痺の原因として最も多いのは頸髄損傷である.まれに神経炎,先天性の中枢神経あるいは脊髄の異常でもみられる.
臨床症状
横隔膜が片側性か両側性かで症状の程度が異なる.自覚症状は片側横隔膜麻痺では安静時に症状はなく,労作時に呼吸困難を訴えることがある.両側横隔膜麻痺では安静時呼吸困難,特に仰臥位で症状の増悪を認める.他覚症状として,仰臥位で吸気時,腹壁が内方へ,胸壁が外方へ動く奇異性呼吸運動をより明確に認めることもある.
診断
片側横隔膜麻痺の胸部X線写真所見は麻痺側の横隔膜挙上である.透視下で麻痺側の挙上した横隔膜は運動が低下している.鼻の片側を押さえて強く吸気させると(sniff test)麻痺がない場合,両側の横隔膜は下降するが片側横隔膜に麻痺があると麻痺側の横隔膜は増大した胸腔陰圧で胸腔側に挙上する奇異性運動を認める.
両側横隔膜麻痺の胸部X線写真所見は両側横隔膜挙上である.しかし,sniff testを行った場合,強く吸気させると両側横隔膜は奇異性運動を示し胸腔側に挙上するが,強く腹壁をふくらませて吸気すると両側麻痺した横隔膜が腹腔側に下降し偽陰性となることがある.
呼吸機能検査では呼吸補助筋の横隔膜機能障害により,肺活量が低下し拘束性換気障害を示す.両側横隔膜麻痺では仰臥位になると肺活量低下が大きくなり,動脈血酸素分圧も低下する.
鑑別診断
電気生理学的検査の横隔神経電気刺激試験(phrenic nerve stimulation test)が鑑別診断に有用である.頸部の横隔神経を電気刺激し,同側の横隔膜活動電位を側胸部につけた表面電極を用いて記録し,横隔神経伝導時間を測定する.完全横隔神経麻痺では活動電位が消失し,不完全麻痺では横隔神経伝導時間の延長がみられる.
治療
治療は横隔膜麻痺の原因となった肺腫瘍などの疾患があれば原因疾患の治療が必要である.片側横隔膜麻痺に対しては治療は不要のことが多い.一方,両側横隔膜麻痺は治療が必要である. 横隔神経麻痺は呼吸機能の低下をきたすが,横隔膜縫縮術によって機能が改善することが知られている.横隔膜に異常がなく横隔神経機能が維持されているC1,C2の高位頸髄完全損傷や脳幹疾患による中枢性睡眠時無呼吸・低換気に対して横隔神経を電気刺激する横隔神経ペーシング(phrenic nerve pacing)が適応になる.
横隔神経機能に障害があると横隔膜を直接刺激して収縮させる横隔膜ペーシング(diaphragm pacing)が有用である.[鰤岡直人・清水英治]
■文献
鰤岡直人:胸部写真が正常な呼吸器疾患.フレイザー,呼吸器病学エッセンス: 清水英治,藤田次郎監訳, pp 1001-1012, 西村書店,2009.
Fraser RS, Neil C et al: Disease of the diaphragm and chest wall. In: Synopsis of Diseases of the Chest (3rd ed), pp 897-911, Elsevier, Philadelphia, 2005.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報