日本大百科全書(ニッポニカ) 「脊髄」の意味・わかりやすい解説
脊髄
せきずい
spinal cord
脊椎(せきつい)動物の背側正中部を走る白色の索状帯。ここではヒトを例にして説明する。中枢神経は1個の器官であるが、その内部構造によって脳と脊髄という二つの部分に区分される。このうち脊髄は、脳脊髄形成の基である神経管のもっとも形態的変化が少ない部分で、いわば原始的な、体節的な配列がそのまま残っている部分といえる。
[嶋井和世]
位置と形態
脊髄は、脳の最下部にある延髄の下方につながる部分で、脊柱管内に存在している。全体としては細長く、直径がほぼ1センチメートルの、前後に圧平された白い円柱状をしており、第1頸椎(けいつい)上縁あたりが延髄との境となる。途中の2か所にはやや太い部分があり、それぞれ頸膨大、腰膨大とよぶ。脊髄下端は円錐(えんすい)状に終わり、この部分を脊髄円錐とよぶ。成人の場合、脊髄円錐の位置は、ほぼ第1腰椎か第2腰椎の高さとなる。なお、出生時の脊髄円錐の位置は第3腰椎であるが、成長するにしたがって上方にあがっていく。脊髄の長さは日本人の成人男子では約45センチメートル、女子では42~43センチメートルとされる。脊髄円錐の下端からは糸状の細い終糸とよぶ線維組織が下降し、第1尾骨の位置まで達して、第1尾骨に付着する。終糸は、脊柱管内で脊髄を固定する錨(いかり)の役を果たしている。脊髄は脳と共通する3枚の髄膜(硬膜、クモ膜、軟膜)によって包まれ、保護されている。脊髄軟膜はいちばん内側にあって脊髄表面に密着しているが、この軟膜は脊髄両外側から三角状のヒダ(襞)を突出させ、その先端は脊髄クモ膜を貫いて脊髄硬膜に付着している。このヒダ状突起を歯状靭帯(じんたい)とよび、左右で18~20対あり、脊柱管内で脊髄の固定・支持の役を果たしている。
脊髄の前面には正中線に相当して前正中裂とよぶ深い縦溝が走り、後面には、やはり正中線に相当して浅い後正中溝が走る。両溝の両側外側には、それぞれ前外側溝、後外側溝が両溝と平行して走っているが、脊髄に出入りする脊髄神経はこの溝から出入りする。前外側溝を通り抜ける神経束を前根(運動根)とよび、後外側溝を通り抜ける神経束を後根(感覚根)とよぶ。同じ高さの同側の前根と後根とは、脊髄のすぐ外側で合流し、1本の脊髄神経となり、椎骨間の椎間孔を抜けて脊柱の外に出る。このようにして、脊髄神経は左右1対が一定間隔で脊髄から出ているわけである。
脊髄神経は、上から順に頸神経(8対)、胸神経(12対)、腰神経(5対)、仙骨神経(5対)、尾骨神経(1対)に区分し、合計31対となる。また、頸神経の出る脊髄部分を頸髄とよび、以下、同じように胸髄、腰髄、仙髄(尾骨神経を含む)に区分される。後根には、後根と前根とが合流するやや手前に膨らんだ部分があり(この部を脊髄神経節という)、ここには、後根内の神経線維を出す神経細胞体の集団が存在する。
[嶋井和世]
脊髄の神経細胞
脊髄は横断面で見ると、その内部構造がよくわかる。中心部には細い縦孔があり、これを中心管とよぶ。上方は延髄内部の第四脳室に続き、下端は脊髄円錐の部分で終わる(この部を終室という)。この中心管内部には脳脊髄液が満たされている。中心管の周囲には灰白質という部分があり、全体形は太いH字形をしている。灰白質の外部を覆うのは白質で、肉眼で白くみえるのは多数の有髄神経線維を含むためである。H字形の灰白質は、左右の縦の2線と、これを結ぶ横線の部分とからなるが、2本線の前部を前角、後部を後角とよぶ。なお、H字形の灰白質は、立体的にはH字形の灰白柱となるため、前角は立体的には前柱、後角は後柱とよぶ。頸髄下部と胸髄上部では灰白質がわずかに側方に突出するので、これを側角とよぶ(立体的には側柱を形成する)。灰白柱には神経細胞が存在するが、前角には主として運動性の神経細胞が集まり、その線維は前根を形成したあと脊髄を出て、全身の骨格筋に分布する。頸膨大や腰膨大の前角には、それぞれ上肢、下肢に行く運動神経を出す神経細胞が発達しているが、このうち、一般には前角の内側にある細胞が体幹の骨格筋を、外側にある細胞が四肢の骨格筋を支配するとされている。また、屈筋支配の細胞は前角の深部に、伸筋支配の細胞は前角の浅部に配列するとされている。一方、後角の構造は前角に比べて複雑であるが、一般には感覚性の神経細胞が存在し、脊髄の外部にある第一次の感覚細胞からの刺激を受け取る第二次の感覚細胞が存在するとされる。第一次の感覚細胞は脊髄神経節にある細胞体であり、体中のさまざまな感覚受容器に線維を送るだけでなく、後根を通じて脊髄へと線維を送り後角に入る。脊髄において、感覚性線維は後根を形成し、運動性線維は前根を形成するが、この秩序をベル‐マジャンディの法則〔スコットランドの医学者Charles Bell(1774―1842)と、フランスの医学者François Magendie(1783―1855)にちなむ〕とよぶ。
側角(側柱)には交感性神経細胞が存在し、その線維は前根を通って、交感神経幹を経て、全身に分布する。脊髄白質の部分は、おもに縦走する有髄神経線維からなり、両側の前柱に挟まれた部分を前索、同側の前柱と後柱に挟まれた部分を側索、両側の後柱に挟まれた部分を後索とよんでいる。この白質の中では、次に述べる三つの生理的機能をもつ線維が集まって走行する。一つ目は身体各部からの興奮を脊髄を経て脳に伝える感覚性神経路(上行性)、二つ目は脳からの興奮を脊髄を経て骨格筋に伝える運動性神経路(下行性)、三つ目は脊髄の諸部分を連絡する神経路の3種類である。このうち、運動性神経路と感覚性神経路は、主として長い伝導路を形成するため投射路とよび、脊髄内の連絡神経路は広義の連合路とよぶ(なお、この連合路には同側を連絡する狭義の連合路と、両側を連絡する交連路とがある)。
感覚性神経路のおもなものは次の四つである。
(1)薄束(はくそく)と楔状束(けつじょうそく) それぞれ下半身、上半身の識別性の感覚(深部感覚)を伝える神経路。
(2)前脊髄視床路 非識別性の触圧覚を伝える神経路。
(3)外側脊髄視床路 痛覚と温度覚を伝える神経路。
(4)前脊髄小脳路と後脊髄小脳路 脊髄と小脳とを連絡する神経路。
また、運動性神経路では次の二つが主体となる。
(1)錐体路(皮質脊髄路) 随意運動をつかさどる神経路で、大脳皮質運動野からおこり、脊髄まで下行して運動性前角細胞に連絡する。錐体路は外側皮質脊髄路と前皮質脊髄路とからなる。
(2)錐体外路 錐体路以外の運動に関係する運動性神経路である。この神経路の主体をなすのは、視蓋(しがい)脊髄路、赤核脊髄路、前庭脊髄路、網様体脊髄路、内側縦束などである。
[嶋井和世]
脊髄反射
脊髄には、脊髄反射という機能上重要となる構造がある。すなわち、脊髄は身体各部と脳との間を連絡し、多種多様の信号を伝えるほかに、体内・体外に生じる環境変化の感覚情報を、大脳皮質を経由せずに、不随意・無意識的に脊髄の運動細胞に伝えて感覚情報の処理にあたる。この働きをするのが脊髄反射である。この脊髄反射には伸張反射と屈曲反射とがある。前者は、骨格筋を急速に伸ばすと、その筋がただちに反応して収縮する反射であり、例として膝蓋腱(しつがいけん)反射があげられる。膝蓋腱反射とは、膝蓋腱をたたくとその刺激で筋が伸張し、その興奮は後根の感覚神経を経て脊髄後柱に入るが、興奮の一部は前角運動性細胞に伝えられ、大腿四頭筋(だいたいしとうきん)が収縮し、下腿が跳ね上がるという反射である。一方の屈曲反射とは、たとえば四肢の皮膚が痛みをおこすような刺激を受けたとき、屈筋が収縮し、肢全体の屈筋群が収縮して刺激を避けようとして四肢を曲げるような反射をいう。このように、脊髄反射は脳によって高次の統合を受けるが、かりに脳をなくしたとしても、脊髄だけである程度まではその反射回路によって、合目的的に働くことができるようになっている。
このほか、脊髄中には自律神経系の下行性線維が自律中枢から下行しているが、明瞭(めいりょう)な下行経路はつくられていない。また、脊髄には発汗、血管運動、立毛運動、瞳孔(どうこう)散大、呼吸運動、心臓促進、乳汁分泌、あるいは泌尿生殖系などの自律系反射の中枢もあると考えられているが、その細部についてはまだ判明していない。
[嶋井和世]