江戸幕府の職名。和歌に関する書物の研究や詠歌のことを担当する。3代将軍徳川家光の代には公家の烏丸(からすまる)光広が江戸に滞在し詠歌の指導にあたった。1689年(元禄2)12月北村季吟(きぎん)・湖春(こしゅん)父子が召し出され,将軍家や諸家の詠歌指導にあたるようになり,季吟はこのあと歌学方として法印に叙され800石を給された。季吟のあと孫の湖元が継ぎ(家禄500石),以後北村家が世襲した。役料は200俵,はじめ寺社奉行に属したが,のち小普請組支配。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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