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武田信武 たけだ のぶたけ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

武田信武 たけだ-のぶたけ

?-1359 南北朝時代の武将。
足利尊氏に信任され,その姪(めい)を妻とした。安芸(あき)(広島県)や甲斐(かい)(山梨県)の守護,九州探題などを歴任。和歌に長じ,「新千載和歌集」「新拾遺和歌集」にとられている。延文4=正平(しょうへい)14年7月13日死去。通称は伊豆三郎。法名は雪山照公。
【格言など】梓弓もとのすがたはひきかへぬいるべき山のかくれがもなき(尊氏の死に接して,「桜雲記」)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の武田信武の言及

【安芸国】より

…なお鎌倉時代には王朝国家権力はなお根強く,沼田荘では仁治・建長・文永・弘安と領主の正検が行われており,国衙領においても,97年(永仁5)承久以後の武士の押領を停止するため一国平均の国検実施が認められている。 1335年(建武2)足利尊氏が鎌倉で反旗を翻すと,当国では武田信武の下に国内の武士が結集し,同年12月の矢野城合戦では毛利,熊谷,吉川以下の諸氏が信武の麾下(きか)で参戦し,宮方の熊谷蓮覚を滅ぼして東上した。翌年2月西走の途次室津で尊氏が定めた部将配置では,安芸には桃井義盛と小早川一族が差し置かれた。…

【武田氏】より

…本姓は清和源氏であり,新羅三郎義光の子義清が甲斐国巨摩郡武田荘へ荘官として赴任したところから武田姓を名のる(図)。義清の孫信義は治承・寿永の乱で,源頼朝方として戦功をたて,鎌倉幕府成立後には,甲斐の有力御家人となり,守護職に任ぜられた。一族の逸見,加賀美,安田氏も栄えたが,甲斐源氏の勢力を恐れた頼朝によって,武田信義の長男一条忠頼と弟の安田義定は謀殺された。嫡系は忠頼の弟石和信光がつぎ,以後その子孫が一族を分出させながら守護職を世襲し,あわせて,甲斐国内の諸荘園の地頭職をも獲得していった。…

※「武田信武」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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