日本大百科全書(ニッポニカ) 「水祝い」の意味・わかりやすい解説
水祝い
みずいわい
通過儀礼のなかで、水をかけることによって次の段階に再生することを促す呪術(じゅじゅつ)的儀礼。とくに婚礼のときにこの語を使うことが多い。九州西部で明治・大正ごろまで行われていた水祝いは、婚礼のとき婚家に向かう花嫁に対して、村の若者たちが途中で待ち受け、手桶(ておけ)の水を柄杓(ひしゃく)で花嫁にかける。花嫁はドンザ(刺子の仕事着)を頭からかぶったり、傘を差しかけたりして逃げるように走り行く。のちには若者が酒や酒代を強要する手段にも悪用された。そのほか東北地方にも点在する水祝いは、婚礼の席に一升枡(ます)に水を入れたものを用意し、笹(ささ)などで花嫁に水を振りかけるまねをする。娘が人妻に生まれ変わる儀礼である。婚家の敷居をまたぐときに水をかける例もあり、花婿に水をかける所もある。埼玉県秩父(ちちぶ)郡の一部では、成年式に水祝儀をする。子供から大人への移行儀礼である。神道の禊(みそぎ)、陰陽道(おんみょうどう)や祈願の際の水垢離(ごり)、仏教の灌頂(かんじょう)、キリスト教の洗礼などは、いずれも俗の世界から聖の世界へ移行するための儀礼である。赤子誕生のときの産湯は、洗い清める実用の意味もあったろうが、歴史上の人物の産湯の井戸と称する伝説が各地に数多く伝承されているのをみると、新しい生命の復活儀礼の一つと考えることができるし、死者に対する「死に水」や湯灌(ゆかん)の作法なども、一連の呪術儀礼に含ませることができよう。新年の若水にも年々、霊を更新する意味があった。
[井之口章次]