「延喜式‐四〇」に、前冬の土用に宮中または京内の井戸を一つ選んで清めて祭り、立春の日の明け方にその井戸を開いて水を汲み、天皇に奉る旨の記述がある。井戸は、一汲みした後に廃して用いないという。また、「袖中抄‐二〇」にも正月元日に奉るというのは誤りだといっている。しかし、挙例の「栄花」のように、章子内親王が誕生して初めての正月に若水を湯殿に用いたなど、かなり早くから誤解が生じていたらしい。
元日早朝に初めてくむ水。初水ともいう。平安時代、宮中では、あらかじめ封じておいた生気(せいき)のある井戸から、主水司(もいとりのつかさ)が立春早朝に若水をくみ、女房の手によって天皇の朝餉(あさげ)に奉った。その後、朝儀が廃れ、元旦(がんたん)早朝にくむ風が定着した。現行民間の若水は、年神祭の祭主である年男が未明に起き、「若水迎え」などと称して新調した柄杓(ひしゃく)と手桶(ておけ)を持って井戸や泉・川に行ってくんでくるもの。年神に供えたり、口をすすいだり、沸かして福茶などといって家族一同で飲んだり、雑煮(ぞうに)の支度に用いたりする。西日本にはくむのを主婦の役目にしている所があるが、何か隠された理由があると思われる。くむ作法としては、「福くむ、徳くむ、幸いくむ」「こがねの水くみます」などのめでたい唱え言をしたり、餅(もち)や洗い米を供えるなどが一般的であるが、秋田県などのように、丸餅を半分だけ井戸に入れ残りを若水に入れて持ち帰ったり、九州南部のように、歯固(はがた)めの餅を若水桶に落として表裏の返り方で年占いをするなど、所によって特色ある作法が守られている。愛知県北設楽(きたしたら)郡の一部には、このとき井戸から小石を二つ拾ってきて、一年中水甕(みずがめ)の底や茶釜(ちゃがま)に入れておく所があった。これら若水には、年中の邪気を払い幸いを招く力が認められていたが、同時に、古代の変若水(おちみず)の信仰のように人を若返らせる力も期待されているのであろう。近年、水道の普及に伴い、若水をくむ風は各地で絶えようとしている。
[田中宣一]
元日の朝,最初にくむ水。神聖視して,初穂水(はつほみず),福水(ふくみず),宝水(たからみず),黄金水(こがねみず)とも呼ぶ。元日の行事の使い水で,口をすすいで身を清めたり,神への供物や家族の食物の煮たきに用いたりする。若水汲みは〈若水迎え〉ともいわれ,儀礼的な色彩が濃く,若水手拭で鉢巻したり,井戸に餅や洗米を供え,祝いの唱え言をしてくむ土地が多かった。鹿児島県奄美群島には,若水といっしょに小石を3個取ってきて,火の神に供えた村もある。一般に新年の行事を主宰する年男がくむが,西日本には,女性がくむ地方もある。平安時代,朝廷では若水は立春の日の行事で,恵方(えほう)の井戸からくんだ水を,朝食のとき天皇に供えた。かつて琉球の首里王府では,沖縄島北端の村からくんできた水で,元日の朝,王が〈お水撫で(ウビーナディ)〉をした。〈お水撫で〉は,神聖な水を中指で額に3回つける作法で,若返りの水を浴びた効果があるといわれた。新年にあたり生命の更新をはかる儀礼で,民間では主婦が若水で〈お水撫で〉をする習慣があった。
執筆者:小島 瓔禮
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…奄美地方では,集落から遠く離れた暗河(くらごう)と呼ぶ鍾乳洞内の地下水を,厳しい規則を設けて利用した。水場は神の支配地であり,水神や井の神などと呼んでこれを祭り,新年の若水も古くからの水場から迎えるところが多い。各地に伝わる,弘法大師などの宗教者が水が不足する土地の者のためにその杖を地に突き刺して水を出してやったといういわゆる弘法清水伝説も,いかに人びとが水に苦しんでいたかを語っている。…
…沖縄では年末に豚をころし,正月は餅をつかずに豚で祝った。沖縄島では元旦に若水をくみ,神棚,仏壇,かまどに若水をあげ,家族はその水で〈お水撫で〉をする。若水はスディミズともいわれ,生命を新しくする水という意味がある。…
※「若水」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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