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河村殷根 かわむらしげね

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

河村殷根
かわむらしげね

[生]寛延2(1749)
[没]明和5(1768).6.
江戸時代中期の歌人。河村秀根の子。通称一郎。『河水問答』 (5巻) の編者。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

河村殷根 かわむら-しげね

1749-1768 江戸時代中期の国学者,歌人。
寛延2年9月4日生まれ。河村秀根の長男。河村益根の兄。歌は冷泉為村(れいぜい-ためむら)の門にまなぶ。父の「書紀集解(しゅうげ)」の著述をたすけた。明和5年6月4日死去。20歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。初名は滋根。通称は一郎,金之助,豊三郎。著作に「河水問答」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

河村殷根

没年:明和5.6.4(1768.7.17)
生年:寛延2.9.4(1749.10.14)
江戸中期の歌人。名滋根,通称需吉,豊三郎など。名古屋の人。河村秀根の子で,弟に益根がある。幼少より和歌に巧みであったと伝えられるが,20歳で父秀根に先立って没したため,経歴には空白が多い。秀根が冷泉為村の門人であったことから殷根も為村に入門した。編著に『河水問答』がある。家集『殷根遺草』は秀根の編集にかかる。

(久保田啓一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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