法花村(読み)ほつけむら

日本歴史地名大系 「法花村」の解説

法花村
ほつけむら

[現在地名]上野市法花

大野木(おおのぎ)村の西。北には中腹に花(はな)ノ木(き)断層崖が通る法花山(三六一・七メートル、龍王山ともいう)を負い、三方が丘陵性山地。聖武天皇の発願で建てられた国分尼寺(法華滅罪寺)跡は西明寺(さいみようじ)にあるが(→長楽山廃寺跡)、同寺衰退後寺号が当地の長楽(ちようらく)寺と菊昌(きくしよう)院法華寺に移り、「三国地志」は村名を「法華寺アリ故ニ名ク」とする。

慶長六年(一六〇一)に古検を改め、本高三〇〇・三一二石、平高五二六・一石。


法花村
ほつけむら

[現在地名]中川区法華(ほつけ)町・法華西(ほつけにし)町・法華・高杉(たかすぎ)町

東は中郷(ちゆうごう)村、北は打出(うちで)村などに接する。村中央を西(にし)井筋が流れ、荒子(あらこ)川に通ずる水路が分れている。「尾張国地名考」によれば、村名は村内の法華堂に由来するといい、「徇行記」には「此村ハ農屋七分通リホトハ日蓮宗門ノ徒ナリ、サレハ日蓮宗ノ寺両寺アリテ村中に神祠ナシ、法華村トナツクルモ宜ナリ」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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