波太神社(読み)はたじんじや

日本歴史地名大系 「波太神社」の解説

波太神社
はたじんじや

[現在地名]阪南町石田

石田いしだ集落の南西部の山麓鎮座祭神は角凝命・品陀別命。旧府社。古くは鳥取とつとり大宮・波太八幡宮とも称され、鳥取ととり郷の総社でもあった。「延喜式」神名帳に「波太ハタノ神社」とみえる。寛永二一年(一六四四)の泉州日根郡鳥取県大宮八幡宮来由記(社蔵)や、元禄年間(一六八八―一七〇四)作と推定される社伝波太宮八幡宮来由記(同上)などによると、日根郡鳥取郷に居地をもっていた天湯河板挙は、垂仁天皇皇子に鵠を献じ鳥取造の姓を賜った(同説話は「日本書紀」垂仁天皇二三年一一月二日条にみえる)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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