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津和野城 つわのじょう

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日本の城がわかる事典の解説

つわのじょう【津和野城】

島根県鹿足(かのあし)郡津和野町にあった山城(やまじろ)。13世紀後半、元寇に備えて築城された城。国指定史跡。日本城郭協会選定による「日本100名城」の一つ。中世から近世にかけて築城された、天険を利用した山城跡である。鎌倉末期1295年(永仁3)、西石見の守護職に任じられた吉見頼行(よしみよりゆき)が元寇に備えて築城に着手したとされる。関ヶ原の戦いの後、吉見氏は城を去り、坂崎直盛(さかざきなおもり)が入城した。坂崎直盛は出丸の織部丸を築くなど城郭を拡張し、鉄砲に備えて本格的に石垣を築くなど山上の地形を生かした大改修を行った。現在山上に残っている石垣はこの時築かれたものである。1616年(元和2)坂崎出羽守一代でお家断絶となり、翌年、亀井政矩(まさのり)が入封した。築城以来、吉見氏が319年、坂崎氏が16年、亀井氏が225年居城し、明治維新にいたっている。建造物は明治初期に取り払われたが、雄大な石垣などはそのまま残っている。JR山口線津和野駅からバスで津和野高校前下車、徒歩20分で登山口リフト乗り場。◇三本松城、蕗城(ろじょう)とも呼ばれる

出典|講談社
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

津和野城
つわのじょう

鎌倉期~江戸期の城。島根県津和野町後田の城山にある。鎌倉末期、西石見(いわみ)の地頭職(じとうしき)を与えられた吉見頼行(よしみよりゆき)が築き、戦国期まで13代居城。その間大内氏、毛利(もうり)氏に仕えていた。関ヶ原の戦い後、坂崎出羽守直盛(さかざきでわのかみなおもり)が入り、城の大改築を行ったが、千姫(せんひめ)事件(1616)によって切腹。その後を受けて亀井政矩(まさのり)が1617年(元和3)4万3000石で入城し、明治維新まで累代の居城とした。城は津和野川西岸の標高367メートルの山上に本丸、二の丸、三の丸を設ける典型的な山城(やまじろ)で、山麓(さんろく)に藩邸があった。城跡は国指定史跡。[小和田哲男]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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