デジタル大辞泉
「津阪東陽」の意味・読み・例文・類語
つさか‐とうよう〔‐トウヤウ〕【津阪東陽】
[1758~1825]江戸後期の儒学者。伊勢の人。名は孝綽。字は君裕。東陽は号。京都で古学を独学、郷里津藩主に招かれ藩儒として藩校有造館の初代督学となる。著作に「聿脩録」「孝経発揮」「夜航詩話」「東陽先生詩文集」など。
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つさか‐とうよう【津阪東陽】
- 江戸中・後期の儒学者。名は孝綽(こうしゃく)。字(あざな)は君裕。通称常之進。別号匏庵など。伊勢(三重県)の人。京都に出て独学で古学を修め、帰郷後津藩儒官となり伊賀上野校で教授した。文政二年(一八一九)藩校有造館創建に際し督学兼侍講となる。著に「夜航詩話」「東陽先生詩文集」など。宝暦七~文政八年(一七五七‐一八二五)
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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津阪東陽 つさか-とうよう
1758*-1825 江戸時代中期-後期の儒者。
宝暦7年12月26日生まれ。京都で独学で古学をおさめ私塾をひらく。郷里伊勢(いせ)(三重県)の津藩主藤堂高嶷(たかさと)にまねかれ,伊賀(いが)上野でおしえる。藩校有造館初代督学。文政8年8月23日死去。69歳。本姓は山田。名は孝綽(こうしゃく)。字(あざな)は君裕。通称は常之進。姓は津坂ともかく。著作に「聿修(いっしゅう)録」「孝経発揮」「夜航詩話」など。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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津阪東陽 (つさかとうよう)
生年月日:1757年12月6日
江戸時代中期;後期の漢学者
1825年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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