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海上胤平

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美術人名辞典の解説

海上胤平

歌人。下総生。賢胤の三子。通称は六郎、椎園と号した。加納諸平に国学を学び、のち歌塾を開き門人数千に及ぶ。明治新派和歌運動の先触となる。大正5年(1916)歿、88才。

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デジタル大辞泉の解説

うながみ‐たねひら【海上胤平】

[1829~1916]歌人。下総の人。通称、六郎。号、椎園(しいぞの)。能書家としても知られる。著「椎園詠草」「椎園家集」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

海上胤平 うながみ-たねひら

1830*-1916 明治時代の歌人。
文政12年12月30日生まれ。剣を千葉周作に,歌を加納諸平(もろひら)にまなぶ。維新後官吏となり,明治16年辞職。椎木(すいぼく)吟社を結成して歌道に専念し,万葉主義をとなえた。大正5年3月29日死去。88歳。下総(しもうさ)海上郡(千葉県)出身。通称は六郎。号は椎園。歌集に「椎園詠草」,著作に「長歌改良論弁駁」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

海上胤平

没年:大正5.3.29(1916)
生年:文政12.12.30(1830.1.24)
明治時代の歌人。旧称は六郎正胤,号は椎園。下総国海上郡三川村(千葉県飯岡町)生まれ。剣を千葉周作に,歌道を加納諸平に学ぶ。維新後,官吏となり,越後,山形を歴任したが,明治16(1883)年より歌道に専念。東京で椎木吟社を結成し,古今和歌集を理想とする桂園派の亜流的な当時の歌壇に万葉調を以て一方の論陣を張った。民間歌人として評論を発表,五七調正格説などを主張したが,自作が風雅の域を出ないのは,あまりに語格,語法に拘泥していたためだろう。歌集に『椎園詠草』(1910),『椎園家集』(1915),歌論に『東京大家十四家集評論』(1884)などがある。

(平石典子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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