コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

淮陰 わいいん

百科事典マイペディアの解説

淮陰【わいいん】

中国,江蘇省中部の淮安市の区。旧称清江浦。1958年清江市と合併して淮陰市となったが,その後付近を合わせて淮安市ができ,その一区となった。大運河運塩河の交会点にあり,古くから水運上の重鎮。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

わいいん【淮陰 Huái yīn】

中国,江蘇省中北部の市。人口46万(1994)。淮陰県が市とは別に,王営鎮に置かれている。民国時代は市街地は清江浦鎮といい,淮陰県に属していた。1951年,鎮を清江市として独立させ,58年には淮陰県と合併して淮陰市としたが,64年再び県市を分離し,県は郊区を管轄することになった。淮河と大運河の交差する地点にあって,水運の要衝として栄えたが,現在は水運の衰退とともに地方の中心都市になっている。運河の形成される以前にも,淮河の南岸にあって,春秋時代から江南より北方へ至る通路であった。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

淮陰
わいいん

ホワイイン(淮陰)特別市」のページをご覧ください。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

淮陰
わいいん / ホワイイン

中国、江蘇(こうそ)省北部にある淮安(わいあん)市の市轄区。大運河に臨む。常住人口78万8634(2010)。秦(しん)代に淮陰県が置かれて以来、何度かの変遷を経て、1964年青江(せいこう)市となり、1983年淮陰市と改称し、付近の県を含め淮陰地級市を構成した。2000年に淮安市に編入され、地級市の名称が淮安と改称されるとともに、その一区となった。区域は大運河と運塩河の交点であるとともに、省北部の道路網が集中していることから、省内の水陸交通の一中心地となっている。また、区内を通る新長線(新沂(しんぎ)―長興(ちょうこう))は幹線鉄道に接続しており、北京(ペキン)、ハルビン、重慶(じゅうけい)などと直結している。米、小麦、ラッカセイなど周辺地域の農産物の集散地で、機械、化学、紡績、食品などの工業が立地する。秦・漢初の名将韓信(かんしん)の故郷として知られる。[林 和生・編集部]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

淮陰の関連キーワード天の与うるを取らざれば反って其の咎めを受く猛虎の猶予するは蠆蜂の螫を致すに如かず騏驥の跼躅は駑馬の安歩に如かず人の車に乗る者は人の患えに載る時は得難くして失い易し敗軍の将は兵を語らず知者も千慮に一失有り愚者も千慮に一得あり韓信の股くぐり清江(淮陰)肝胆地に塗る愚者にも一得千慮の一失千慮の一得ホワイイン高材疾足雲合霧集三分鼎足鹿を逐う背水の陣

今日のキーワード

あおり運転

危険運転の一種で、前方を走行する車両に対する嫌がらせ行為。車間距離を極端に詰めて道を譲るように強要する、猛スピードで追い回す、ハイビームやパッシング、並走しての幅寄せなどで威嚇する、といった行為が該当...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android