規は円を描く「ぶんまわし」、矩は直角に曲がった物差し「差し金(がね)」「かね尺(曲尺)」のことであり、これらを用いる術を規矩術という。次の3通りの意味をもつ。
(1)木造建築の部材の作図法 日本の木造建築は、いろいろな形の部材を組み合わせて建造される。水平・垂直方向は容易であるが、屋根の傾斜に応じて材木を望む形に刻むのには、立体幾何的なむずかしい作図を必要とする。屋根の軒に反りをつける、隅の部分の垂木(たるき)を放射状に出すとなると、さらに複雑になる。その作図の道具は、現在も使われている差し金である。L字形の金属性の物差しで、表にはかね尺の寸、裏にはその倍の長さに目盛りが刻まれている。 のような勾殳玄(こうこげん)(直角三角形)で1尺(10寸)の股に配する鉤(勾)の寸、すなわち勾配(tanθ)の量を基本にし、各部の長さ、比率を基に三角関数を用いずに直接材木に線を引く。θが45度のときは倍の裏目を巧妙に用いる。古くから行われてきた技術であろうが、複雑な木組みのみごとさには驚嘆すべきものがある。江戸幕府の大棟梁(とうりょう)、平内廷臣(へいのうちまさおみ)(1799―1856)の『匠家矩術新書』(1848)は、規矩術に初めて数理的な根拠を与え、体系づけた書である。規を使わないので矩術という。
(2)数学の問題を計算でなく作図で解く方法 『匠家矩術新書』の冒頭に、乗除から開平、開立(かいりゅう)までをかね尺で行う方法が記されている。直角三角形の相似などを基にして、問う量を長さで図上に求める。自序にあるように近似解法ではあるが、そろばんを用いないことに意味がある。同種の、より高度な書に吉田重矩(しげのり)『規矩術図解』(1820)がある。規と矩を用いて乗除から方程式解法、正多角形作図などを行い、立体図形をも扱っている。
(3)紅毛(オランダ)流と称される測量術 寛永(かんえい)年間(1624~1644)に樋口権右衛門(ひぐちごんえもん)がオランダ人カスハル(カスパルともいう)から伝授されたといわれる測量術である。おもな方法は現在の平板測量にあたり、見通した線で「量盤(けんばん)」上に地形の縮図を作成する。この術の規は西洋の「渾発(コンパス)」であり、脚を開いて線分の長さ、倍率を計る役目にも使われる。樋口からのおもな流れは、清水貞徳(さだのり)を祖とする清水流で、伝書はすべて写本である。刊本には、別の流れに属する村井昌弘(まさひろ)の『量地指南』(1733)、『量地指南後編』(1754)がある。後者は規矩術に限らず、江戸時代前半の測量術を集大成した書である。
[松崎利雄]
『大矢真一解説『江戸科学古典叢書9 量地指南』(1978・恒和出版)』▽『狩野勝重解説『江戸科学古典叢書16 隅矩雛形/矩術新書』(1978・恒和出版)』▽『村松貞次郎著『大工道具の歴史』(岩波新書)』
規はコンパス,矩は直角定規の意味で,規矩は両者をもとにしてきちんと作図すること,さらには一般的に規則,手本をも意味した。建築では,指矩(さしがね)(曲尺(かねじやく)ともいう)を使い,屋根の小屋組や軒を構成する部材,あるいは部材と部材を接続する仕口(しぐち)や継手(つぎて)の寸法および形状を作図することをいう。規矩術の発生は古代にさかのぼると思われるが,明確な資料はなく,当初は大工が経験をもとにして工夫したものであろう。建物を作る技術として整備され,普及するのは江戸時代に入ってからで,和算を取り入れてから理論的にいちだんと進んだ。江戸幕府作事方大棟梁を勤めた平内延臣(へいのうちまさおみ)(1791-1856)はその大成者として知られ,《矩術要解》(1833),《矩術新書》(1848)などの著作がある。ただしこの著作に示された理論は和算を利用したものとして確かに優れているが,実際の大工の仕事には詳細すぎ,必要なのはその一部だけである。大工の規矩術は木割とともに発達したもので,当初は親から子,師から弟子へと伝承され,江戸中期以降には版本として公刊され,普及した。規矩術も木割も理論的な分析や精密さはあまり要求されず,わかりやすく,しかも指矩ひとつで仕事ができることが重要であった。
規矩術の理論は現代でいえば三角関数の応用だが,サイン,コサインは使わず,指矩の一辺に刻まれた尺,寸の\(\sqrt{2}\) 倍の目盛(裏目(うらめ)という)に基づいてタンジェント(直角三角形の底辺と高さの関係)だけを使い,木造建築の寸法決定で特にむずかしい軒反りや垂木の割付けなどを指矩ひとつで解決する。この術を身につければ複雑な軒まわりなども大過なく作ることができ,技術伝承という教育上の効果はもとより,工期短縮,経費節減にも役立つ。建築需要の増大にこたえる必要から生まれ,発達したものだが,大工の平均的な技術の向上に役立った反面,高度な技術の追求,独創的な意匠の工夫などを阻害したとの見解もある。しかし技術進展の見地からすればやはり大きく評価すべきものである。第2次大戦後木造建築の減少とともに必要性が薄れ,これを身につけた大工もしだいに少なくなった。
執筆者:西 和夫
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