源仲頼(読み)みなもとの なかより

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「源仲頼」の解説

源仲頼(1) みなもとの-なかより

1157-1184* 平安時代後期の武士。
保元(ほうげん)2年生まれ。後白河法皇の近臣源仲兼につかえる。「平家物語」によれば,寿永2年11月19日の法住寺合戦で敗走。仲兼の乗馬が空馬ではしるのをみて,主は戦死とおもいこみ,いさぎよく討ち死にしたという。27歳。通称は信濃次郎。

源仲頼(2) みなもとの-なかより

?-? 平安後期-鎌倉時代の武士。
卜部(うらべ)兼仲の子。源資遠の養子。検非違使(けびいし),後白河上皇の北面の武士をつとめたが,平清盛の訴えにより讃岐(さぬき)に配流となった。平家滅亡後,鎌倉幕府御家人となり,文治(ぶんじ)元年(1185)勝長寿院落慶供養のとき源頼朝の供をした。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む