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源師時 みなもとの もろとき

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

源師時 みなもとの-もろとき

1077-1136 平安時代後期の公卿(くぎょう)。
承暦(じょうりゃく)元年生まれ。源俊房の子。母は源基平の娘。保安(ほうあん)3年(1122)参議。権(ごんの)中納言,正三位にいたる。令子内親王につかえて皇后宮権大夫をながくつとめ,日記「長秋(ちょうしゅう)記」をのこした。歌は「金葉和歌集」以下の勅撰集にはいっている。保延(ほうえん)2年4月6日死去。60歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

源師時

没年:保延2.4.6(1136.5.8)
生年:承暦1(1077)
平安時代公卿。左大臣俊房と参議源基平の娘の子。永久1(1113)年兄弟の仁和寺仁寛が鳥羽天皇暗殺を企てた罪で伊豆に配流され,父や兄師頼と共に一時出仕を止める。保安3(1122)年蔵人頭,次いで参議。大治5(1130)年権中納言となった。皇后令子内親王に亮,権大夫として30年間も仕えた。待賢門院藤原璋子の別当でもあり,日記『長秋記』には後宮関係の記事も多い。祖父師房,父俊房と伝えられた有職故実に通じており,当時の有識者と認められていた。また大江匡房に詩を学び,歌人としても優れており,自ら歌合を主催している。

(吉田早苗)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

源師時
みなもとのもろとき
(1077―1136)

平安後期の公卿(くぎょう)。左大臣俊房(としふさ)(村上源氏)の次男。母は参議(さんぎ)源基平(もとひら)(三条源氏)の娘。鳥羽(とば)天皇の准母(じゅんぼ)令子内親王に30年余り仕えて、1130年(大治5)に権中納言(ごんのちゅうなごん)まで昇進した。一方、院近臣(いんのきんしん)としても活躍し、当時の政治情勢を伝える日記『長秋記(ちょうしゅうき)』を著している。父と同様に詩歌にすぐれ、有職故実(ゆうそくこじつ)に詳しいことでも知られた。[槇 道雄]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の源師時の言及

【長秋記】より

…権中納言源師時(1077‐1136)の日記。書名は,師時が永く皇后宮権大夫であったことから,皇后宮の唐名〈長秋宮〉にもとづいて名づけられた。…

※「源師時」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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