改訂新版 世界大百科事典 「焼火山」の意味・わかりやすい解説
焼火山 (たくひさん)
島根県隠岐諸島,西ノ島南東部にある山。標高452m。隠岐諸島のうち島前(どうぜん)三島(西ノ島,中ノ島,知夫里(ちぶり)島)は一つのカルデラで,焼火山はその中央火口丘である。この山の信仰史は古く,838年(承和5)に従五位下,878年(元慶2)には正五位上の神階に叙されている。また《栄華物語》《和訓栞》などにも焼火(たくひ)神や焼火権現の名が見える。焼火山は,古代以来海上安全の守護神として信仰されてきた。隠岐島は海上交通の要所であったが,和船時代の海上交通には幾多の困難が伴った。とくに夜間の航行は困難をきわめ,焼火山信仰に代表されるような海の民と結びついた山岳信仰に,火にまつわる伝承が少なくないのもそのためである。焼火山の場合も,沖を通る船が難破しそうになると海中より霊火が昇り,船がその霊火に向けて進むと無事港に入ることができるとか,12月31日の夜,霊火が海中より社殿の前の石灯の中に入り燃えているという竜灯伝説などはその例である。
さらに夕方,太陽の沈むときにカシキ(船の炊事役)が火をともして海中に投げ入れ,それを焼火権現にささげるという日本海沿岸の各地に伝えられている習俗は,船乗りがいかに焼火山を信仰してきたかを端的に示している。
執筆者:宮本 袈裟雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報