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隠岐諸島 おきしょとう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

隠岐諸島
おきしょとう

島根県北東部,島根半島の北方約 45~90kmの日本海にある島群。島前島後と約 180の小島からなる。全島が火山島。かつては本土陸続きであったが第四紀更新世の地殻変動によって周囲が陥没し離島となった。地質は朝鮮半島と同じアルカリ岩区に属し,島前は新第三紀生成の島で主として粗面玄武岩からなる溶岩の台地。島後は一つの噴火中心で更新世にホルスト(地塁)島として残った。気候は対馬暖流の影響で冬も温暖で雪は少ない。本土から沖合いに延びる陸棚が広く,近海には隠岐海嶺(隠岐堆)などの優れた漁礁がある。かつては流人の島とされ,承久の乱のとき後鳥羽天皇元弘の乱のときに後醍醐天皇らが流人となり多くの史跡が残る。また天然記念物の宝庫でもあり,大山隠岐国立公園に属する。七類,境港(鳥取県)から定期船,米子空港(鳥取県)から定期便がある。総面積 345.74km2。人口 2万5239(2000)。

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デジタル大辞泉の解説

おき‐しょとう〔‐シヨタウ〕【隠岐諸島】

島根県北東部、日本海にある諸島。島前(どうぜん)(知夫里(ちぶり)島・西ノ島中ノ島)と島後(どうご)、およびその他の小島からなる。後鳥羽上皇後醍醐天皇などの配流の地。おきのしま。

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百科事典マイペディアの解説

隠岐諸島【おきしょとう】

島根県島根半島北方の日本海にある諸島。総面積345.7km2。かつての隠岐国で,全域隠岐郡に属する。行政・交通の中心は西郷町(現・隠岐の島町)で,境港,七類港から定期船が通じ,隠岐空港がある。
→関連項目海士[町]島根[県]竹島西ノ島[町]牧畑

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大辞林 第三版の解説

おきしょとう【隠岐諸島】

島根県北部、日本海上にある島群。島前どうぜん・島後どうごとその他の小島からなる。後鳥羽天皇・後醍醐天皇が流された地。おきのしま。隠岐。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔島根県〕隠岐諸島(おきしょとう)


島根県北東部、島根半島北方の日本海に浮かぶ島嶼(とうしょ)群。西部の西ノ島・中ノ島・知夫里(ちぶり)島は島前(どうぜん)、東部の主島は島後(どうご)とよばれ、ほか約180の属島がある。いずれも第三紀の古い火山島で、玄武岩系の火山性台地や山地が海に迫り、平地は少ない。海岸には海食崖(かいしょくがい)が発達。対馬(つしま)海流の影響を受けて気候は温暖。古代から隠岐として一国をなし、国府・国分寺は島後の隠岐の島町南部に置かれた。古代から流刑地の一つで、後鳥羽(ごとば)上皇・後醍醐(ごだいご)天皇ほかが配流された。イカ・サバの好漁場を控え、漁業が盛ん。島前・西ノ島の国賀(くにが)海岸、島後の浄土ヶ(じょうどが)浦などの自然景観や史跡に恵まれ、観光産業も活発。大山(だいせん)隠岐国立公園に属する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

隠岐諸島
おきしょとう

島根県北部、日本海にある島群。東の円形状の島を島後(どうご)、西の知夫里島(ちぶりしま)、中ノ島、西ノ島を島前(どうぜん)とよぶ。この4島と約180の小島で隠岐郡を構成する。島後に隠岐の島町が、島前に西ノ島町、海士(あま)町、知夫村があり、隠岐の島町に隠岐支庁が置かれる。面積約346平方キロメートル。人口2万2466(2009)。人口密度1平方キロメートル当り64.9。
 なお、島前、島後の称は、山陰道の道前、道後によるとか、隠岐諸島の前方と後方の意とかの説がある。[野本晃史]

自然

地質は朝鮮半島と同じ大陸系のアルカリ岩区で白頭火山帯に属す。島後は中新世にアルカリ岩区になり、更新世(洪積世)に地塁として残る。低地は八尾(やび)川、重栖(おもす)川流域にみられるだけで、八尾川河口デルタに隠岐の島町中心地である西郷の集落をのせる。島前は第三紀の粗面玄武岩で、標高200メートル内外の台地と丘陵からなる。島前三島は焼火山(たくひやま)(452メートル)を中央火口丘とする外輪山とされている。気候は対馬(つしま)暖流の影響で温暖。西郷の年平均気温は約14℃。年降水量は1750ミリメートル。[野本晃史]

歴史

律令(りつりょう)制下には隠岐国となる。意伎、隠伎とも記した。古代には山陰道七か国の下国であるが、新羅(しらぎ)に対する警備上重視された。古代から遠流(おんる)の地と定められ、後鳥羽(ごとば)上皇、後醍醐(ごだいご)天皇など多くの配流があった。中世は佐々木、京極、尼子(あまご)氏などの領となり、江戸時代のほとんどは松江藩の預り地であった。幕末から明治初年にかけては松江藩郡代と尊王攘夷(そんのうじょうい)島民が対立した隠岐騒動ののち鳥取藩管轄、1869年(明治2)隠岐県設置、廃仏毀釈(きしゃく)後大森県、さらに浜田県、島根県、鳥取県を経て、1881年島根県となり現在に至っている。[野本晃史]

産業

低地が少ないため水田より畑地が多く、水田は棚田を形成するところが各所にみられる。米は島内で自給できず本土から移入している。畑作は、かつては4年周期で畑作と放牧を輪転式に利用する牧畑(まきはた)農業が行われ、1795年(寛政7)には各村で制度化されたが、現在では放牧だけが残っている。水産業は西廻(にしまわり)航路などの発達で活発化し、干し鮑(あわび)、いりこ(俵物)やするめが移出され、するめは隠岐するめとして知られた。水産物の商品化は海運業や造船業を発展させ、林業(木材搬出)も活発化した。山陰本線の開通など本土の鉄道敷設で海運が後退すると、隠岐は離島としての性格を強め、商品の流通も本土に従属したシステムとなって島の物価を比較的高くしている。高度成長期には人口流出が著しく、離島の過疎地に指定された。現在産業構造の改善と地域開発が進められている。[野本晃史]

交通

古代には千酌(ちくみ)(松江市)と、近世には美保関と、など古くから島根半島との間に船の往来があった。現在、鳥取県境港(さかいみなと)、七類(しちるい)港(松江市)との間に定期航路がある。隠岐の島町には隠岐空港があり、大阪・出雲(いずも)空港からの便がある。[野本晃史]

観光・文化

隠岐諸島のほぼ全域が大山(だいせん)隠岐国立公園に含まれる。とくに島後の白島、浄土ヶ浦、島前の国賀海岸、知夫赤壁の海岸景観は壮大である。また、浄土ヶ浦、代(しろ)、国賀、海士の4海域公園がある。後醍醐天皇行在所(あんざいしょ)跡、玉若酢命(たまわかすのみこと)神社などの史跡、神社も多い。行事には中世からの牛突きの習俗(国の選択無形民俗文化財)や、隠岐国分寺蓮華会舞(れんげえまい)(国の重要無形民俗文化財)などがある。[野本晃史]
『永海一正著『近世隠岐島史の研究』(1972・松江報光社)』

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世界大百科事典内の隠岐諸島の言及

【島根[県]】より

…面積=6706.70km2(全国19位)人口(1995)=77万1441人(全国46位)人口密度(1995)=115人/km2(全国43位)市町村(1997.4)=8市41町10村県庁所在地=松江市(人口=14万7416人)県花=ボタン 県木=クロマツ 県鳥=オオハクチョウ中国地方の北西部に位置する県。東は鳥取県,南は広島県,南から西にかけては山口県に接し,北は日本海に臨み,日本海上の隠岐諸島を含む。
[沿革]
 県域はかつての出雲,石見,隠岐の3国全域にあたる。…

※「隠岐諸島」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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