片山敏彦(読み)かたやまとしひこ

精選版 日本国語大辞典 「片山敏彦」の意味・読み・例文・類語

かたやま‐としひこ【片山敏彦】

  1. 文芸評論家、翻訳家、詩人。高知県出身。ロマン=ロランに傾倒し、西欧文学の翻訳、紹介に努める。著「ロマン・ロラン」「リルケ」「片山敏彦詩集」など。明治三一~昭和三六年(一八九八‐一九六一

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20世紀日本人名事典 「片山敏彦」の解説

片山 敏彦
カタヤマ トシヒコ

昭和期の詩人,評論家,ドイツ文学



生年
明治31(1898)年11月5日

没年
昭和36(1961)年10月11日

出生地
高知県高知市

学歴〔年〕
東京帝大文学部独文科〔大正13年〕卒

経歴
法政大学予科教授となり、昭和4年渡欧、フランス、ドイツで文学者たちと交わる。7〜20年旧制一高、法政大学教授。22年東京大学文学部で「独仏文学の交流」を講じた後、著作と翻訳に専念、詩人、独・仏文学者として活躍した。とくにロマン・ロランの紹介で知られ、大正15年にはロマン・ロラン友の会を設立、会長となる。また文化論、芸術論なども執筆した。詩集に「朝の林」「片山敏彦詩集」「詩心の風光」、評伝に「ロマン・ロラン」、訳書に「カロッサ詩集」など。「片山敏彦著作集」(みすず書房 全10巻)がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「片山敏彦」の意味・わかりやすい解説

片山敏彦
かたやまとしひこ
(1898―1961)

詩人、評論家、独仏文学者。高知市生まれ。東京帝国大学独文科卒業。法政大学、旧制一高教授、東大講師。ロマン・ロランの研究に没頭し、高田博厚(ひろあつ)らと「ロマン・ロラン友の会」を結成。『愛と死との戯れ』(1926)を訳出、築地小劇場で上演された。1929年(昭和4)渡欧、ロランをスイスに訪ね、ビルドラック、デュアメルらと交遊し、精神的な影響を強く受けた。帰国後、旧制一高、法政大の教壇に立ったが第二次世界大戦中に辞職。その間、ゲーテシラー、リルケ、カロッサ、ヘッセなどの作品紹介に努め、ロランにおけるヒューマニズムの追求とファシズムへの抵抗に共感を示した。戦後は、詩作と訳業に専念。おもな著書に『ロマン・ロラン全集』の監修をはじめ、『詩心の風光』(1946)、『雲の旅』(1949)、『片山敏彦詩集』(1958)などがある。

[岩崎武夫]

『『片山敏彦著作集』全10巻(1971~72・みすず書房)』

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「片山敏彦」の解説

片山敏彦 かたやま-としひこ

1898-1961 昭和時代のドイツ・フランス文学者,詩人。
明治31年11月5日生まれ。昭和4年渡欧,ロマン=ロランらとまじわる。7年一高教授となる。ゲーテ,リルケなどのドイツ文学を翻訳。ロマン=ロランに傾倒してその邦訳全集を監修した。昭和36年10月11日死去。62歳。高知県出身。東京帝大卒。詩集に「朝の林」,著作に「詩心の風光」など。

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367日誕生日大事典 「片山敏彦」の解説

片山 敏彦 (かたやま としひこ)

生年月日:1898年11月5日
昭和時代の詩人;評論家;ドイツ文学者。法政大学教授
1961年没

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