ドイツの小説家、詩人。12月15日、南バイエルンのバートテルツに開業医を父として生まれる。カトリック教徒。父系にはイタリアとオーストリアの血が混じっている。生地に近いケーニヒスドルフ、ピルスティングなどで幼年期を過ごし、ランツフートの高等学校に入学。1897年以降ミュンヘン大学、ライプツィヒ大学、ウュルツブルク大学で医学を学び、1903年医学博士の学位取得。その後パッサウ、ゼーシュテッテン、ミュンヘンなどで開業医として診療にあたりながら、詩や小説を発表。晩年リットシュタイクに居住。56年9月12日、77歳で同地に死去。ゴットフリート・ケラー賞(1931)、ゲーテ賞(1938)などを受賞。
彼は生涯を通じてバイエルンをほとんど離れず、作品はこの地方の風土と密に結ばれている。しかし直接描かれた世界の狭さにもかかわらず、その繊細な感受性はバイエルンの枠を越えて広い世界の動向を鋭敏に感じ取り、作品は新しい時代の予感をはらんでいる。その謙虚で深みのある人柄にはホフマンスタール、リルケ、トーマス・マンらも友情と信頼を寄せた。
周囲の人に医師として接する生活のなかで人生の真実を見つめ、その記録を芸術作品として結晶させることが、彼の基本姿勢であった。したがって、作品はおおむねフィクションの少ない生活描写からなるが、私的体験を単なる私的体験にとどまらせず、そこから普遍的真実を見つめようとする視線が彼の文学全体を貫いている。生命のむなしさ、人生の暗黒を認識せざるをえないのが医師の宿命であろうが、その認識にもかかわらず治癒への努力を傾けることにこそ、医師の営みの本質は存するであろう。彼の作品は――表面、情緒的な回想のようにみえながら――人生の暗黒と混沌(こんとん)の認識を基底にもち、にもかかわらず光と調和を志向する忍従と、ユーモラスな心の優しさに満たされている。カロッサの文学こそ、ことばの真の意味において「医の文学」とよばれるべきものである。
彼はゲーテを師と仰ぐが、小説の処女作『ドクトル・ビュルガーの最後』(1913。改作され『ドクトル・ビュルガーの運命』1930)は青年医師の苦悩を描き、『若きウェルテルの悩み』(1774)の現代版といわれた。続いて『幼年時代』(1922)は父母の愛に包まれた幼時の追憶を明るくつづるが、実はこの作品は、第一次世界大戦中から大戦後にかけての危機にあって、自己本然の姿、存在の根源を求める欲求より生まれたものである。第一次大戦の従軍体験はさらに『ルーマニア日記』(1924)を生む。続いて高等学校時代の思い出をつづる『青春変転』(1928)、第一次大戦後のミュンヘンを舞台とする『医師ギオン』(1931)、さまざまな邂逅(かいこう)の文学的回想『指導と信従』(1933)、中年を過ぎた男の内面を暗示する『成年の秘密』(1936)、ミュンヘン大学入学当時を描く『美しき惑いの年』(1941)、イタリアへの賛歌ともいうべき『イタリア紀行』(1946、48)を発表した。ナチス統治下の1941年、ヨーロッパ著作家連盟会長の地位に押したてられ、そのために戦後、非難を受けるが、『異なれる世界』(1951。『1947年晩夏の一日』を含む)は当時を振り返っての記録であり、彼の弁明の書でもある。最後の小説『若き医者の日』(1955)は開業医となったころへの回想をつづる。ほかに二つの詩集(1910、46)、講演録『現代におけるゲーテの影響』(1936)などがある。
[平尾浩三]
『片山敏彦他訳『カロッサ全集』14巻・別巻1(1949~57・養徳社)』▽『中山誠他訳『世界文学全集25 リルケ・カロッサ』(1979・学習研究社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
ドイツの詩人,小説家。バイエルン州のバート・テルツに生まれる。医学を修めパッサウで医業につく。1910年《詩集》を刊行。日記体小説《ドクトル・ビュルガーの運命》(初稿,1913)で若い医師の愛と苦悩とを吐露。第1次大戦中は従軍医。その記録《ルーマニア日記》(1924)はヒューマニティに満ちた戦記文学である。戦火のもとで幼い日の思い出をつづり《幼年時代》(1922)を発表,以後《青春変転》(1928),《指導と信従》(1933),《美しき惑いの年》(1941)など作者の内的成長を跡づける自伝的作品を書き続けた。そこでは個々のできごとが象徴的意味を帯び普遍性にまで高められている。本格的な小説の構成をもった作品に《医師ギオン》(1931),《成年の秘密》(1936)がある。ナチス時代は祖国にとどまって苦難をなめた。作品は南方的な明るさと北方的なきびしさとをたたえ,苦悩の中にあって人間性への信頼に貫かれている。彼は時代の特定の文学潮流には属さず,20世紀における最もよくゲーテの精神を受け継ぐ作家といわれる。その密度の濃い言葉と真摯な作風は,ゲーテの自伝的作品《詩と真実》のそれにも比されるもので,昭和初期に日本に紹介され,多くの熱心な愛読者を得た。
執筆者:渡辺 勝
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