牛首城跡(読み)うしくびじようあと

日本歴史地名大系 「牛首城跡」の解説

牛首城跡
うしくびじようあと

[現在地名]昭和村野尻

野尻のじりの西一三町、戸中とちゆう(七五一メートル)に築かれた中世の山城。文和三年(一三五四)より天正一八年(一五九〇)まで野尻の山内氏の持城であったといわれる(昭和村の歴史)。「異本塔寺長帳」文明五年(一四七三)条に「会津野尻牛首城ヲ山内信濃守俊詮修覆」とある。野尻山内氏は横田よこた(現金山町)の山内氏の一族で、野尻郷を中心に大沼郡うち二三ヵ村を所領とする豪族であったという(会津四家合考)。常住の地は野尻村中でたてうち地内に居館を構えた(新編会津風土記)。野尻村は山内氏の城下町としてまた伝馬宿として発展し、館ノ内のほか横町よこまち元町かんまち曾和町そわまちなど中世的呼称を残す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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